空は灰色の厚い雲で覆われ、街並は真っ白に雪化粧した12月のある日。おととい夜からこの冬一番の寒波が襲来し、今シーズン初の雪をもたらした。まだ雪は降りつづけ、たくさんの小学生がはしゃぎながら帰っていく横を、長原 順輔は白い息を吐きながら寒そうに歩いていった。もちろん、学ランをピシッと着た学校帰りである。さすがにこの寒さなので、首にマフラーを巻いて手袋をはめた防寒装備。雪が降ってはしゃぐのは昨日やったから、今日はいいや。なんてことを考えながら、道を歩く。
学校と自分の家への通学路からほんのちょっと外れて、3年ほど前は毎日のように通っていた道を歩き、自分の母校へと入る。校門の前に立っている先生と軽く挨拶を交わしてから、順輔はいつもの様に小学校の体育館に入っていった。もちろん、中では器械体操部がいつものように練習をしている。
「こんちわ〜」
「あら、いらっしゃい」
体育館の入り口で大きく挨拶をすると、いつものように腕を組んで練習を見守っていた器械体操部顧問の湯川先生が、またいつもの様に話しかけてくる。順輔はそれに応えながら、制服についた雪をぱっぱと払い落とし、マフラーと手袋を取った。
「期末テストどうなの?」
「11月に終わりましたよ。来なかった時期があるじゃないですか」
「……あぁ、そうね。で、結果は?」
「8割方ってところでしょうか?」
「ふぅん……。まぁまぁじゃない」
順輔は大抵、ちょっと遠回しな言い方をする。意味的には、だいたいのテストは80点程度だったという意味で、湯川先生もそれを大体理解している。順輔の学力は、「良い」と言えるほどでもないけど、決して悪いわけではない、まぁまぁ普通のレベルである。それなりに得意な教科、不得意な教科はあるけれど、塾には行ってなくても自分でそれなりに勉強しているので、親も先生も何も言わない。そういうタイプなのだ。
「高校はどうするの?」
「まだ決めてないんですけどね……。とりあえず、考え中です」
順輔が湯川先生と話している隙を突いて、向こう側から一人の女の子が駆け寄ってくる。もちろん順輔の恋人、木村 芳香だ。
「順輔く〜ん!」
そう言いながら、順輔にぴょんと飛びつく。
「だぁっ!」
芳香が飛びついた反動で、順輔が思いっきりコケる。いつもの事であるが、さすがに避けるわけにもいかない。なによりも、いまだ元気と可愛らしさが取り柄である芳香の、ひとつの愛情表現なわけである。周りでは、後輩や先生が相変わらず注目している。
「……なぁ、芳香。力が有り余ってんじゃないか?」
「えへへへ、いいじゃん」
芳香がニコニコと笑いながら、順輔の手を引っ張って起こす。その助けを借りながら順輔が立ち上がると、芳香の首に腕を回す。練習のせいで、冬でも少し汗ばんだ芳香の顔が間近になる。シャンプーの僅かな香りと、芳香のいつものにおいがふっと香る。
「さすがに、中学入ったらやめてくれよ」
「わかってるって。……ふふふ。いまだけね、いまだけ」
芳香は、にこっと笑って練習へ戻った。
「集合!」
通常の練習をやっていたところで、順輔が大きな声で部員を集合させる。練習をしていた部員は、それぞれ学年ごとにいつものように素早く整列する。それを見て、湯川先生が口を開く。
「年明け1月の土曜日に、毎年恒例の保護者参観の演技会を行います。で、長原君や先輩方と話し合って、やる種目を決めました」
「え〜っと。今年の6月の大会参加者、これは補欠を含むぞ。このメンバーは、その大会の演技をやります。で、この演技が出来ない人。特に4年生とか入ったばっかりの新入部員は、コースを組んだので、それを演技します。いいな?」
「はい!」
部員が元気よく答える。
「で、もうひとつ。大会の参加者とか、それくらいのレベルにある人を中心に、特別な演技もやります。これは、跳び箱とかマットで、大会の演技科目には取り入れられてないもののうち、安全に出来るものを選びました。これをやります」
順輔が手元の紙を挙げながら、内容を説明していく。器械体操部OBで、ほぼ毎日の様に出てきているのは順輔くらいである。ほかの同輩や先輩もたまに来ることがあり、順輔を筆頭として、よく顔を出すほかの先輩も何人か居る。OBが来ると言うのはこの部の特徴でもあり、それが器械体操部のレベルの高さにもつながっている。
そういうわけで、順輔は先生や部員からの信頼もけっこう厚いのである。まぁ、順輔の場合、この学校の先生方からも可愛がられているし、いろいろな理由で信頼が厚かったりするのだが。
今日は、器械体操部OBも順輔以外に数名加わって、部員は練習に励んだ。
午後4時半、大方の練習が終わって、まだ練習を続ける部員は残ることになった。順輔らOBと、部長の芳香は、打ち合わせのため湯川先生と共に教室に戻った。
そして、打ち合わせが終わって午後5時。順輔と芳香がふたりで体育館へ戻ったが、残って練習を続けていた部員も帰ったようで、もう誰もいなかった。芳香は打ち合わせに行く前に着替えて、荷物も持っているのでこのまま帰ってもよかったのだが、体育館の鍵が開いていたのだ。
「鍵持ってるか?」
「ううん。どうしよう、このままじゃあ帰れないなぁ……」
芳香が少し考えてから言う。ふたりで、体育館の入り口で「困ったなぁ」という表情で立ち尽くす。しばらくの沈黙していると、どこからか声がしていることにふたりが気づいた。
「……なんだ?」
「さ、さぁ?」
ふたりとも耳を澄まして聞く。
『……ぁぁっ……ぁっ……』
「悶え声……?」
「……みたいだね……。誰だろ?」
いぶかしげな表情をする、順輔と芳香。ふたりとも目を合わせて、まさかなぁ、という顔。けれど、とりあえず鍵を何とかしないといけないのと、少しの好奇心も有り、ふたりは荷物を入り口に置いてそおっと中に入った。
そして、しっかりと耳を澄まして声の発生源を捉える。
「2階の用具倉庫ふたりは…?」
耳のいい芳香が、入り口のすぐ上にある倉庫の入り口を見て言う。順輔も、そっちのほうを向いてじっと耳を澄ませる。
「……みたいだな。でも、誰なんだ?」
「もしかしたら、綾乃ちゃんと健くんかもしれない。声の感じが似てる……」
「綾乃って、5年の吉崎か?」
「うん、ふたりとも仲良いし、付合ってるって言う噂聞いてたから」
ふたりとも、その行為をやっている当事者にバレない様、なぜかしゃがんで、声を殺して話をする。そんなふたりに気づく様でもなく、その間も用具倉庫のあたりから悶え声が微かに漏れている。
確かに順輔も芳香も、健と綾乃のふたりが妙に仲良くしているところを何度も目撃しており、今日の居残り練習をする中にも、ふたりの姿があった。ふたりとも大会に出場したことのある選手で、健は副部長で男子のエースでもある。ふたりとも真面目だし、順輔と芳香は「自分たちのことは棚に上げて」ふたりともまさかこんなところで? てなことを思っていた。
「どうする? 覗いて見るか?」
「……ふふっ。じゃあ、ちょっとだけ。ね」
ふたりはまるでコソドロのように脚を忍ばせ、階段を上って用具倉庫の扉の前まで来た。ちなみに、ふたりが数度この体育館でえっちをしたのは、この下の体育倉庫である。
用具倉庫の扉の前まで来ると、さすがに中の様子がわかる。声がはっきりと聞こえ、激しく絡み合ってるのが音だけでわかる。まだ中のふたりは、外のふたりに気付いていないようで行為を続けているようだ。
というよりも、行為に夢中で、外なんて気にしていないだけかもしれないが。
「オレらも、これくらい声が漏れてたのかなぁ?」
「かも。……そう思うと、なんだか恥ずかしいね」
芳香がちょっと恥ずかしそうに、頬を染めて言う。やってる最中は夢中になっちゃうから、人にバレてても気付かないかもしれないなぁと思う。
「よし、じゃあ覗くぞ」
用具倉庫の扉はぴったりと閉まっているはずだったが、扉の端の隙間がちょっと大きく、少しだけ開いていたのでそこから覗く。ここなら中の行為を覗けるはずだし、扉からちょっと距離があるので簡単にはバレないだろう。その隙間の上に順輔、下に芳香がひっついて、息を殺しながら覗き見る。
(うわぁ、やっぱり綾乃ちゃんと健くんだ)
思わず声を上げそうになった芳香が、「あっと」という感じで手で口を押さえるほど、中のふたりは全裸で激しく動いている状態だった。ふたりともリズムよく動き、官能の声を上げている。
「はぁっ、はぁっ、くぅぁっ!」
結合部はふたりの出した液でどろどろになっていて、正直なところ、動きも順輔と芳香よりも激しかった。
(ふたりともそうだったんだなぁ。健は確かにかっこいいし、綾乃もそれなりにかわいいからなぁ……)
順輔はそう思いながら視線を下にずらすと、じぶんの恋人の芳香の頭がある。食い入る様に見ている芳香の姿を見て、こういう時はやっぱり男よりも女の方が好奇心があるのだろうか、と順輔は考える。
(知り合いがやっている所を見るのは、さすがにちょっとアレだし、そんなに悪い趣味は持ってないなぁ………)
と順輔が芳香を見ながら思ったとき。
「ちょ、よ、芳香……」
食い入る様に見ていた芳香の身体を、順輔は扉の隙間からぐいっと引き離した。
「……な、なに?」
少し赤面して、どきどきしているのがわかる芳香の顔。コソコソ声で、ふたりが会話をする。
「むずむずしてきちゃったのか?」
順輔はそう言いながら、芳香のスカートに手を入れて、あそこをパンツの上から触った。
「ふぁっ……」
芳香がびくんと身体を震わせて、口を手で押さえる。そこは、ほんの少しだけだが濡れているのがわかった。
「う、うん……」
かぁっとさっきよりも赤面する芳香。芳香は、ふたりの行為を見ながら知らず知らずのうちにあそこを触っていたのだ。
「……んじゃあ、家に戻ってからしような」
「うん……」
赤面した芳香の顔を見て、順輔もなぜか顔が赤くなる。眼下の体育館に誰もいないことを改めて確認してから、芳香にちゅっとキスをする。
「……戻ろうか」
「……うん。ふたりに任せて、わたしたちは帰ろうね……」
ふたりは、再びコソドロのようにそおっと入り口に戻った。最後まで覗かれていたことに気付かれなかった様で、まだ体育館はふたりの密かな声が聞こえている。そこで順輔と芳香は、ちょっとしたいたずら心が芽生え、思いっきりふたりを呼んだ。
「健〜!」
「綾乃ちゃ〜ん!」
そのわざとらしい大きな声により、密かな声はぴたっと止んだ。その瞬間、あまりにもピタッと止まったことに順輔も芳香も笑い転げそうになるが、懸命にそれをこらえる。
「な、なんすか〜!」
数秒して、健のなんとなく情けない声がふたりの頭上から聞こえてきた。
「帰るからなぁ、鍵よろしくな〜!」
「りょ、了解しました〜!」
「仲良くね〜!」
芳香が、自分たちのことは棚に上げて叫ぶ。
「ごゆっくり〜!」
順輔も、自分たちのことは棚に上げて叫んだ。
「ありゃ、芳香。帰ってるときも回想してただろ」
ここは芳香の家。芳香の母親は、働きに出ていることが多いので誰もいない。よって、ふたりっきり。
ベッドの上で、すでにふたりともやる気満々。順輔が芳香のあそこを触って、さっきよりも濡れていることに気がついたのだ。
「う……、だって、あんなの見たら濡れちゃってもしょうがないでしょ……。順輔くんだって、勃ったんじゃないの……?」
「ん、……まぁ、そのな。アレ見て、おれらのこと考えたらな……」
そういって順輔が顔を赤くすると、芳香も同じように顔を赤くする。
「……私の家なんだから、思いっきりえっちしようよ、ね」
「……うん。芳香向きの家だしな」
「はぁ?」
「おっきな声出しても大丈夫なんだろ?」
「……もぉ」
芳香の家は建て替えたばかりで家自体が音を抑える様にしてあるので、限度はあるが声を出しても大丈夫。だから、芳香はしている時はとても文章に出来ない様な事を大声で言いながら悶える。逆に、体育館なんかでやる時はものすごくせつなく悶えるのだが。そういうギャップが激しいのも、芳香の魅力のひとつ。
「じゃあ、私がおわびにね……」
芳香はそう言って順輔のズボンを脱がして、そのそそり立ったモノをやさしく掴んだ。
「……順輔くんのえっち」
そうつぶやいて、モノを口にふくむ。
ちゅっ、ちゅっ……、ちゅぽっ
「あっ……いいぞ、芳香……」
順輔が、芳香の頭を撫でながら言う。初めてこういう事をし合ってから、芳香はかなりテクニックを身につけている。順輔がいちばん気持ち良くなる方法を知っているし、それなりに焦らすこともする。
しばらく、芳香の部屋に順輔のモノと芳香の口が絡み合う音が響く。
「よ、芳香。ストップ……。それ以上やると出ちゃう……」
早くも、順輔に限界が訪れる。だが、芳香はやめずに順輔のモノを愛しつづける。
「ちょ、芳香………。このままじゃ、口に出ちゃうぞ?」
芳香がちらっと上を向いて、こくんとうなずく。ふたりが体を交える時は、ほとんどの場合口を使うが、口内射精をする事はめったにない。芳香が飲み慣れていないのもあるが、以前口の中に出してむせてしまった事があった。
「あぁっ……、くる……。いくぞ、芳香。いくぞ……」
順輔の頭が天を向く。芳香の頭と手の動きはさらに激しくなった。
「んっ!」
びゅるっ! びゅっ! びゅっ! びゅっ!
順輔のモノから、真っ白い液が芳香の口へと吐き出される。芳香はそれを目を閉じて受けとめる。順輔のモノはしばらく脈動を続け、やがておさまった。芳香はモノから精液を搾り出すと、こぼさない様に口をすぼめてモノを外に出した。
こくん、こくん、……こくん。
目をつぶって、精液を全部飲む。芳香のベットの上に横たわって、荒れた息をしている順輔の耳にも、その音が聞こえてきた。順輔が顔を上げて芳香を見る。
「芳香……、大丈夫? のどに引っ掛かってないか?」
「ん、大丈夫。……飲ませてくれてありがと、順輔くん」
芳香が、ティッシュで口の周りを拭いて、順輔のとなりへ横になる。
「……まさか飲むとは思ってなかったな。無理してないか?」
「大丈夫。だって、順輔くんの精液だもん。……吐き出すのもったいないし」
甘える様に、芳香が順輔に抱きつく。こんな芳香が愛しくてしょうがなく、順輔は芳香を優しく撫でた。
「じゃあ、次はお願いね」
「あぁ」
芳香がためらうことなく全裸になる。順輔も服を脱ぐと、寝転んだ芳香のあそこの部分にバスタオルを敷いた。芳香は濡れが激しいので、家でやる時はこうやってバスタオルを敷いておかないと、液がシーツについてシミになることがある。
くにっ、くにっ、くにっ。
順輔は、すぐに口をつけずに指でクリトリスをいじる。芳香を焦らしているのだ。
「やだ、順輔くん……。いじわるしないで……」
まだ産毛しか生えていない恥丘をさわさわと撫でて、そのまま体中を撫でる。おなか、胸、二の腕、ほっぺた、おしり、ふともも……。すこしうじうじした表情の芳香だが、からだを順輔に預けて安心しきっている。
「よし、なめるよ」
もう一度芳香にキスをして、順輔があそこにくちづけをする。
「んっ……。あは……、きもちいい……」
芳香の家で、ふたりの営みはしばらく続いた。
翌日の練習中、健と綾乃は、順輔と芳香に対して妙に白々しかった。白々しいというよりも、なんだかおどおどしているような感じでもあった。
「あの、長原先輩」
「おぅ、どうした?」
練習が終わり着替えた健が、順輔に話しかける。健は、小学6年生としては背も高く、体格もがっちりしている。さすがに順輔のほうが年上なので体格は大きいが、6年生の頃と比べたら当時より大きいくらいだ。男子のエースであるだけのことはある。
「昨日のことなんですけど……」
「昨日のアレか?」
順輔が、視線を昨日のあの場所へと向ける。
「……あ、あの、……わかってたんすか?」
「……あのな、あんだけ激しい事してりゃあな、そんだけ声も出るし普通は誰でも気付くわい。しかも、耳が良いと評判の芳香も居たんだから」
「……そりゃそうですよね」
やっぱりか、という表情で健が頭をかいた。
「んで?」
「その、……綾乃が『バレたのかも』って心配してて」
「綾乃がか……」
順輔は、ふっと息をついて、
「芳香ぁ!」
大きな声で、体育倉庫の中にいる芳香を呼び出す。
「はーい?」
それに呼応して、体育倉庫から芳香がなんだか楽しそうな顔でひょこっと顔を出した。
「終わったか?」
「うん」
「綾乃連れてこっち来てくれる?」
「……はーい」
少しの間で意味を察したようで、すぐにふたりがやってきた。体育館にはもう誰も居なかったので、堂々と話が出来る。綾乃は、すでに顔を紅く染めていたので、芳香と話をしたこともおおよそ見当はついた。綾乃は、5年生ですこし体も小さいが、すでに胸はそれなりに形作られていた。その大きさも、もしかしたら芳香よりも大きいかもしれなかった。
目の前の健と綾乃に対して、順輔が口を開く。
「バレてるけどな、すでに」
健と綾乃が同時に肩を落とす。順輔の傍らに居る芳香は、それを見て少し苦笑した。
「バレてるけどな、バラすわけないから安心して営め」
「……はぁ」
健が少し首をかしげた。綾乃が口を開く。
「あのぉ……、先輩と芳香ちゃんは付合ってるんですよね」
『ん、そうだよ』
ふたり同時に、ハモった様に返答する。ほんとに、同時だった。健が驚いた表情をする。リアクションの良いやつだ。
「みんなに知られてもいいんですか?」
「それは公然の秘密と言うやつです。6年生とかオレを知ってる先生に聞いてみな。みんな『付合ってるんでしょ』って答えると思うぞ」
「そ、それでいいんですか?」
「つうか、こいつが5月の大会の時におもいっきり行動で示したんじゃい」
順輔は、芳香の首に腕を回すと、芳香の頭を軽くこんこんと小突いた。じゃれてる様な感じで、芳香も楽しそうに順輔に小突かれる。
「噂だったけどな、まだ当時は。今のお前らみたいなもんよ、な」
「うん」
順輔が芳香の首に回していた腕を解いて、両手で芳香を後ろ抱きにする。後ろから包んだ身体がなんだか暖かく、ちょっと幸せな気分。芳香の女の子らしいやわらかい身体と、今年の春にはじめてえっちをした時よりも大きくなった胸を感じた。
「ま、本当に付合ってるならみんな薄々気付くよ。隠そう隠そうとするんじゃなくてさ、無理に隠そうとしないでいいじゃん。もっと素直にさ、ふたりで一緒に喜ぶとか。……健が卒業するまでの宿題だ」
『……はい』
ふたりが同時に答えると、どちらからとでもないような感じで手をつないだ。健も綾乃も、手をつないだことを見られるのを気にしていなかった。
「帰ろうか、芳香」
「そだね」
ふたりの目線がふっと合う。健と綾乃が見ている中、ふたりは後ろ抱きのままちゅっとキスをした。
「……あ、そうそう。えっちをする時は場所と声の大きさ考えとけよ。あと、避妊もな。……鍵よろしく」
「……は〜い」
順輔と芳香が体育館を後にする。健と綾乃は少し話をしたあと、2階の用具倉庫へと昇った。
年が明けて新年1月中旬の土曜日。毎年恒例の保護者参観演技会が行われた。親や学校の先生方、OBの前で演技を披露するので、大会とはまた違った緊張感がある。
「健、ちょっと来て」
4年生が種目の合間のセッティングをしている間、サポート役として演技会に参加している順輔が健を呼び出した。
「もっといい関係になれたみたいだな」
「……は?」
演技のことでアドバイスをくれると思っていた健が、順輔の突拍子もない発言にびっくりする。
「綾乃も少しきれいになったし、おまえもカッコ良くなったって、湯川先生が言ってた。……おれもそう思う」
「いや、……そうなんですか?」
「湯川先生は、俺らが知らないうちから気付いてたよ。あのひとはカンが良いからな」
「はぁ……」
「よし、健。見せ場だ、みんなにも綾乃にもいいとこ見せてやれ」
「……はい」
健が精悍な顔つきになる。順輔は、セッティングの終わった演技場所を最終チェックして、端へと待機した。
「健がああいう表情するのって、最近からだよなぁ」
ふっ、と鼻で笑う。健の後ろに、次の演技順の芳香が待機している。芳香自身も、5月の時よりきれいになった、いや湯川先生が言うには「木村さんはかわいらしくなったかな?」と思う。
ふたりが育む愛のおかげか、どうなんだろうか。こう考えているうちに、無性に芳香をぎゅっとしたくなった。よし、演技会が終わったら真っ先に芳香の頭を撫でてやろう。順輔はそう思った。そういえば、湯川先生も最近美人になってきてないか? 健のカッコイイ演技を見ながら、順輔は思った。
健の演技は拍手喝采。湯川先生も大絶賛の出来だった。健はすぐに綾乃の所へ行き、喜びを分かち合っていた。……さりげなく、ほっぺたに、軽くキスもしていたかな? ほんとに、みんなに気付かれないような絶妙なタイミングで。
芳香の方も演技は最高。芳香はいつも通りの愛情表現で、順輔を「だぁっ!」と言わせながらコカした。
「保護者の目の前でされるのは、さすがに恥ずかしい」
順輔が湯川先生に漏らした一言である。
演技会も無事終わり、片付けた後に会議室で打ち上げが行われた。話題に上ったのは、健の演技と芳香の順輔抱きつきであった。
「まさかとは思ったけど、親の前でもやるとは思わなかった」
これが、先生を含めた器械体操部の統一見解である。芳香らしいといえばらしいのだが、これを機会に、順輔と芳香の関係は保護者にも知られることになった。まぁ、芳香はもうすぐで卒業だが。
「みんなちょっといい?」
湯川先生が前に出て話を始める。みな、一様に手と口を動かすのを止める。いつもの何かを言うときと違う、「おや?」と思うような言い方だったからだ。
「みんなにお知らせしたいことがあります。実は今まで秘密にしていたことなのですが……」
湯川先生の言葉に、会議室に居るメンバー全員が注目する。
「このたび結婚することになりました」
「えぇっ!?!?!?!?!?」
部員、および順輔らOBの行動が停止する。その場にいた先生や保護者は「おめでと〜」と言いながら拍手を始めたが、器械体操部関係者は行動が停止したままだった。
「あら、みんなどうかしたの?」
皆の頭の中で考えていることは同じ。「あの恋愛を何度もミスしている湯川先生がついに結婚!?」「うそじゃないだろうな、夢だとかそう言うオチとか」「天変地異が……」という感じ。
湯川先生の失恋話は器械体操部関係者内では有名で、幾度となく「あと一歩で結婚だったのに湯川先生あまりの慎重さに逃げられた」とか、先生が休んだり体調が悪そうな日は「また失恋してヤケ酒食らったんじゃないの?」というのが専らの噂であった。そんなこんなで、器械体操部の面々が固まってしまうのも無理がないのであるが。
「長原君、どうかした?」
「……あぁ、いえ。み、みんな、お祝いしよう。はい、拍手!」
ぱちぱちぱちぱち、と、どことなく変な拍手がされた。
暖かくなった3月。器械体操部内の引継ぎも終わって、芳香や健は小学校を卒業。順輔と同じ中学へ通うこととなった。健と綾乃は、順輔と芳香と同じように、新しい1年を過ごすのであろう。湯川先生は春休み中に結婚したが、退職も転任もなく、そのまま学校へ残り、器械体操部の重鎮として居残った。
順輔と芳香は、中学生として、器械体操部OBとしてまだまだ奮起する。その話は「器械体操部 −OB編−」へと続いて行くのである。