3月初旬。そろそろ忙しくなり始めたPAC−2第2開発室。各ブースで皆が忙しく作業を進めていく。現在の6人体制となって2つ目の作品となる今作品。それぞれの息も流れも良くなって、開発の滑り出しは順調といった感じだ。
「上川ぁ、ゆかりシナリオの亜沙子分岐の部分は、オレがシナリオもらって良かったんだよなぁ」
正面のブースから、石井の声が聞こえてくる。
「あぁ、オマエに任せる。あとで、オレが調整するから」
今回は石井との共同シナリオとなるので、どこをどう受け持つというやり取りは、ブースの壁を挟んで絶えずされている。総指揮を担当する博樹も、パソコンの画面に向かってシナリオをガンガン書き上げていく。とはいうものの、いつもの博樹の飛ばし方とはちょっと違う。いつもならば、博樹独特の小気味良いキーボードのタイプ音が響くのだが、今日はその音がちょっと遅い。
「博樹。今日はなんかリズムが悪そうだなぁ。スランプか?」
隣のブースから顔だけ出して、大牟田が笑いながらいう。
「別にそういうわけじゃねえけどな。今回は力が入ってるから、十分に推敲してやってるんだよ」
「そうかそうか。オレの描いた原画に恥じないようなシナリオ作れよ」
「オマエモナー」
博樹が笑いながらそういう。確かに今回の作品はけっこう気合が入っている。第1開発室がもうすぐ発売する作品の前評判が高いせいもあるし、なによりも以前から暖めていた企画なのだ。そういう意味では、十分推敲をやっているのだが、今日はそれが理由ではない。帰ってくるのだ、今日。
1週間ほど前。あずさの親、三嶋さんから電話があった。今日の昼頃に日本へ着いて、夕方までには家へと戻ると言うことだった。ということは、今日はその審判の日。あずさが、両親の元へ戻るのか、それとも、今のまま博樹と一緒に暮らしていけるのか、ということが決まる日なのだ。
「ふぅ…」
パソコンのモニターを眺めながら、博樹が一息つく。時間は午後2時前。もう、成田空港に到着しているころだろう。きっと、今日はあずさも授業が手につかないんじゃないかな。そう思いながら作業を続ける。
ブーッ! と、パソコンのスピーカーが唸り始めると同時に、机の上に置いてある携帯がメロディーを流し始める。パッと手に取って、発信元を見る。
「ん? 公衆電話?」
もしかして、という気持ちが博樹の頭をよぎる。
「もしもし」
「あー、どうも。三嶋です」
やはり、あずさのお父さん。三嶋さんだ。
「あ、どうも。日本に着きましたか?」
「えぇ、つい1時間ほど前に着きました。今から家に帰りますんで」
「あぁ、わかりました。あずさもちょうど学校終わるぐらいだと思いますから、たぶん家にいると思いますよ」
「そうですか、わかりました。…それと、社長は今いますかね?」
「へ、社長ですか?」
今度は、三嶋さんから社長の名が飛び出す。本当に、社長というのはどういう人間関係があるんだろうか。
「ちょっと待ってください」
携帯を持ったまま第2開発室から出て、向かいの間接担当室の中にある社長室に向かう。
「いま、社長いる?」
「いますよ〜。『らぶらぶおにいちゃん』のテストプレーしてますよ」
答えたのは、総務担当の木下女史。こいつ、パッと見はフツーの女性なのだが、そういう人間が平気でエロゲーの名を言うと、何かずっこけたくなる。ちなみに、「らぶらぶおにいちゃん」とは、みのう班こと第1開発室が威信をかけて製作した(らしい)ロリゲー。博樹は、何度も聞き取り調査にあった。
「失礼しまーす…」
ノック2回のあと、あまり広くはない社長室に入る。パソコンの乗った机とフィギュアとかが飾ってある棚があるだけの、こじんまりとした3畳ほどの部屋で、社長がモニターをじっと睨んでいた。あまりの睨みの効かせ具合に、一瞬声をかけるのがためらわれる。
「…社長」
「…ん? なんじゃ?」
モニターを睨んでいた位置から顔をピクリとも動かさず、目をギョロッと動かして博樹のほうを見る。目が血走っているように見えるのは気のせいか…。
「あの、…三嶋さんから」
博樹が、半分愛想笑いしながら社長に携帯を渡す。
「おぉっ、三嶋かぁ。日本に着いたって?」
「えぇ、…そうらしいです」
さっきの獲物を睨むような表情から一転して、普段の意外とやさしい表情に戻った社長が、博樹の携帯を取って話を始める。なにか、懐かしそうな口ぶりから、話が弾んでいく。
「ははは、そうか。…うん、わかった。じゃあ、また夜に。ん、じゃあ」
社長が一通り話を終えると、通話を終了させて携帯を博樹に返した。
「博樹なぁ。今日、おまえの家にいくからな」
「え、…社長も来るんですか?」
「あぁ。…久しぶりに、三嶋の顔も見るしな」
社長が、何かうれしそうな表情に変わる。こういう社長を見るのも、初めてだった。
「社長、三嶋さんとは、ホントにどういう関係なんですか…?」
「そのことも、まぁ今晩にでもわかるさ」
チッチッチと、人差し指を立てて動かす社長。以前から気になっていることも、今日わかる。こうも焦らされるとあんまり腑に落ちないが、まぁ、あたふたするよりも腰をどっしりと落ち着ける方がいいだろう、と博樹は思った。
「…ところで、それ。どうです?」
自分の所の開発に着手したため、テストプレーにあまり参加出来ていない博樹が、モニターを指して聞く。
「いいんじゃねーか? いろんな女の子と出会って、ひとりだけをゲットしていくってのは」
「ゲット、ですか…」
苦笑しながら、博樹が言う。
「ゲッチュー、って感じだな」
社長が、ピッと指を差してポーズを決める。
「社長も意外と若いですね」
「意外とはなんじゃい、意外とは」
社長が、博樹の頭を軽くこずいた。
定時に作業を終わらせて、いつも通り地下鉄に乗って家へと帰る。いつもと違うのは、社長が横にいること。
「そういえば、社長ってどこに住んでるんですか?」
「オマエのひとつ先じゃい」
「あ、やっぱりそうなんですか」
はっきり言ってなにかと謎の多い社長であるが、今日でその謎もいろいろと解けるだろうと、博樹は思った。三嶋さんと社長の関係もだし、三嶋さんがいったい何物なのかってのもけっこう気になる。
「意外と、なんでもないのがオチだったりするんだが…」
「ひどいオチですね…」
電車内でしょうもない会話をする、40代と20代の男。
30分ほど電車に揺られ、自宅の最寄駅へとつく。日も完全に落ちた駅からいつもの道を歩いて、家路を急ぐ。久しぶりに会う、あずさの両親。そして、いよいよ審判の時。家が近づくと、だんだんと、何か緊張してくる気がした。
「おい、ちょっとは落ち着かんかい」
社長が博樹の顔を見て、少し苦笑しながら言う。
「まぁ、気が逸るのもわからんことはないけど、急いで行ってもしょうがねえだろ」
にっと、社長が笑う。こういうところが、社長の良さだと思う。つくづく職場環境に恵まれているなと、博樹は思った。
「そういえば、社長ってウチに来るの初めてじゃないですか?」
「オマエのウチには、な」
「ほへ?」
自分の家の郵便ポストを覗きながら言った博樹が、顔をしかめる。
「…そういえば、ここ見つけてくれたのも社長でしたよ、ね…」
「あぁ、そうだな」
今から約2年前。昇給確実になった博樹が引っ越しを考えていたときに、部屋を探し出してくれたのが社長だった。それで、1DKのアパートから、今の2LDKの賃貸マンションへと住み替えたのだ。この部屋を、わざわざ社長が探してくれたのも、「たまたま目に入ったから」ということだったが…。
「それも、もうすぐわかる。わかったらさっさとオマエの部屋まで案内せぇ」
背中をドン、と叩かれた博樹が、社長を引き連れて4階の自分の家まで上がる。隣の、本来のあずさの家の玄関の扉をチラと見て、自分の家のドアを開ける。
「ただいまー」
「あっ、おかえりー!」
博樹が帰ってきたことを知らせると、すぐにあずさが玄関まで駆けてくる。
「あっ、…社長さん…?」
博樹のすぐ後ろにいた社長に気付いたあずさが、急にかしこまる。
「どうも、久しぶりだね」
「あ、お、お久しぶりです」
あずさがぺこりと頭を下げる。社長と会うのは、確か秋葉原での発売イベント以来のはずだ。
「おかえりなさい」
あずさのあとから、あずさの両親、三嶋さんが揃って出てくる。
「あ、そちらこそおかえりなさい」
博樹も、ぺこりとお辞儀をする。
「久しぶりだな、三嶋」
「おぉ、何年ぶりかな、後藤」
「2年ぶりくらいじゃないか? 編集部の飲み会以来だろう」
「そうかぁ、もうそんなになるか」
あずさのお父さんと社長が、久方ぶりの再開に喜び合う。
「あの、玄関にいるのもなんですから上がりませんか…」
「おぉ、そうだな」
博樹も、とりあえず荷物を自分の部屋へ置いてから、皆がリビングへと集まる。
「夕食の準備も出来てるんですけど、まずはお話から先ね?」
「うん、まぁ、すぐ終わるからな」
あずさのお母さんがお父さんに言って、リビングのちゃぶ台に博樹とあずさに、あずさのお父さんとお母さん、それに社長が顔を付き合わせる。
「あずさ、何か聞いたか?」
博樹が、横にいるあずさに小声で聞く。
「ううん。…全部あとで話すって…」
「そっか…」
博樹がそうつぶやいて前を向きなおすと、お父さんが口を開く。
「上川さん。1年と半年間もあずさを預かってもらい、ありがとうございました」
「あ、…あぁ、いえいえ。どういたしまして…」
「それで、野暮な事を聞くようですが、…これからどうしましょう」
温和な表情のお父さんが、少し微笑みながら言う。
「これから、どうするって…」
博樹の少し戸惑った表情。あずさも、緊張してちょっとうつむき加減だ。
「あずさのことです。これから、どちらが一緒に住むべきか、です」
お父さんのほうからこの話を振ってくるとは、正直言って予想外だった。
「本来ならば、こんなことは話さないですけどね。…上川さんは、あずさを非常に大事にしてくれたみたいなので…。上川さんは、…どうされたいですか?」
「…私は、…出来ればこれからも一緒に暮らしたいなと、思ってるんですが…」
博樹が、緊張した面持ちで言う。
「あずさは?」
お父さんが、今度はあずさに聞く。
「…わたしも、…わたしも博樹お兄ちゃんと一緒に暮らしたい。…だって、…大切なひとだもん…」
緊張した声のあずさ。自分の勇気を振り絞って言っているような声だった。
「そうですか、…そうでしょうね…」
お父さんが、ふぅ、と一息つく。
「正直言ってですね、たった1人の愛娘を寝取られたのは、親として少々アレな部分はあるんですが…」
ちょっとムッとした表情に変わったお父さんから、ズバリと刺される言葉。なにか、自分に向けられている目線が痛い気がする、と博樹は感じた。
「まぁ、上川さんに寝取られてしまったのなら、文句のつけようがないかなと」
「え?」
再び温和な笑顔に戻ったお父さんの言葉に、博樹は驚く。
「その指輪ですよ、指輪。まぁ、それ以前にふたりを見ていてわかりましたけどね。どういう関係になったかっていうのは」
やさしい表情で、お父さんが話を続ける。
「私の一方的な思いで旅行に出ることにしたんですが、最初は、正直言って不安でした。あずさが寂しがったりしないかと。でも、上川さんが、私たちがいなくても、それを超えるくらいの愛情をあずさに注いでくれたみたいで…。上川さんに感謝していますよ」
「だから、私達も旅行を半年から1年半に延ばせたんです。私たちの愛娘を、これだけ愛してくださって、本当に良かったと思っています」
お母さんが、やさしい口調で言う。
「上川はやさしいんだよ。特に、あずさちゃんに対してはな」
横でずっと聞いていた社長まで、やさしい表情で言う。
「こないだなんかな、あずさちゃんが風邪引いて学校で寝こんだって、飛んで帰っていきやがったからな」
「へぇ、…そうだったんですか」
お父さんが、博樹の顔を見て言う。
「これからも、娘をよろしくお願いします」
お父さんとお母さんが頭を深々と下げる。
「あ…、いえ、そ、そんな、そこまで頭を下げられなくても、いや、あの、あぅぅ」
らしくなく慌てる博樹。そんな博樹を見て、社長が苦笑する。
「こ、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
博樹も深々と頭を下げる。その横で、あずさが何をしていいのかわからず、わたわたと慌てる。
「あ、あぅ、あ、…お、…お、お父さん、お母さん。…い、いままでありがとうございました」
そう言って、あずさまで深々と頭を下げる。
「…っ、ははは。…あずさ、まだほんとうにお嫁に行くわけじゃないんだから」
お父さんが、少し笑いながら言う。
「でもあずさ。…これからも、よろしくね」
お母さんの、暖かい表情。
「うん、これからもよろしくね。お父さん、お母さん」
あずさが、瞳を潤ませながらにこっと笑う。
「さて、上川さん。これで、正式に婚約としていいですよね?」
「はい、もちろんです」
博樹が、さっきとは違った晴れ晴れとした顔で返事をする。
「ずいぶん早いですけど、これからもあずさをお願いします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
両者が揃って頭を下げる。そして、博樹があずさの顔を見る。
「えへへ…。博樹お兄ちゃん!」
親と社長が見ているのもはばからず、あずさがぎゅっと抱きついてくるのを、博樹はしっかりと抱きしめる。
「あーあ、もう見てらんね〜や」
社長が、苦笑しながら言った。
「ところで、社長の話をそろそろ教えてもらえますか?」
「ん、…あぁ、そうでしたね」
家族4人に社長を加えての晩餐のひととき。今まで気になっていた事をすべて知ろうと、博樹が切り出す。
「そうだな、どこから話そうか?」
「いろいろ、後藤は謎があるからなぁ」
お父さんと社長がそう言って笑い合う。
「…そうだな、どこから聞きたい?」
社長が、博樹に質問を投げかけさせる。
「…じゃあ、社長と三嶋さんの関係からでも…」
「あぁ、まずそれからだな」
社長が、グラスのビールをぐいっと飲んで、話しだす。
「三嶋とはな、オレが昔出版社にいた時の仲間でな。入社同期でもあるんだよ」
「え、社長と三嶋さんって、社長のほうが年上ですよね」
「あぁ、オレは、出版社に入る前に、オマエと同じようにクリエイターやってた時期が合ってな。すぐやめたけどな」
くすっと、社長が笑う。
「出版社入って、三嶋と出会ってな。ウマがあったんだろうなぁ。仲が良くなってつるむようになったんだよ」
「あはははは、そうだなぁ。部門がぜんぜん違うのに、よく会って話とかしてたもんなぁ」
「違いすぎるわなぁ。オマエは業界を代表する株式経済雑誌の編集部で、オレはエロゲー雑誌の編集部だったもんなぁ」
けらけらと、昔を懐かしむように、お父さんとともに笑いながら言う社長。こんな陽気な社長の姿を見るのは、初めてだった。
「上川さんも知ってるだろうけど、後藤はゲーム担当の記者だったんだよ。私は経済担当の記者をやっててね。そこで株の取引を覚えたの」
「三嶋はな、大学が経済学部だったせいもあるしな。頭もいいから大したもんだよ」
「後藤ほどじゃないと思うぞ。オレは株に関してのみだよ」
酔いの回ったふたりが仲良く言い争う。その光景を見ていて、博樹やあずさやお母さんも、なにか楽しくなる。
「でも、三嶋さん会社をクビになったって…」
「あぁ。そのあとね、出版社をやめて普通の会社に入ったんですよ」
「え、どうしてやめたんですか?」
株取引を覚えて、雑誌記者をやるわけだから、それなりの収入はあっただろう、と博樹は思った。
「なんていうんですかね、なんか記者をやってて違うな、と思ったんですよ。だから、いったん記者を辞めて、普通の会社に就職したんです。それで、今に至るわけです」
「オマエ、出版社やめても株はやめなかったもんな」
「ほとんどライフワークの一部だしな。というよりも、出版社やってる時は株取引が自由に出来なかったからなぁ」
確かに、記者が儲け過ぎるというのも、ちょっとどうかと思う。
「でも、今は雑誌の連載持ってるよな」
「あぁ。途中から、またフリーライターとして書き始めたからな」
「雑誌の連載?」
博樹が驚いて言う。あずさもしかり。
「あのな、上川。三嶋はな、実は株世界では知らない人はいないと言われるほどの、株取引の達人なんだぞ」
「えっ! お父さん、そうだったの?」
あずさが驚いて言う。
「あはははは。今まで秘密にしててすまなかったな、あずさ」
笑いながらお父さんが言う。
「でも、私の顔を知ってる人はほとんどいないですけどね」
「株取引の達人M氏、なーんて通り名だもんな」
大の大人がふたりして笑いながら話す。
「ちなみに言うとな、この賃貸マンション。三嶋がオーナーだからな」
「い?」
「えぇっ! ウソっ」
博樹とあずさがふたり同時に驚く。
「はははは、それも秘密だったなぁ…」
次々と暴かれる、お父さんの知られざる実体。
「だから社長、…私を」
「いやまぁ、それはあるけどな。三嶋のマンションが空いてたし、けっこう物件的にも良かったからおまえに薦めたんだよ」
「管理は運営会社に方に任せてますからねぇ。あ、きちんと家賃は定額もらってますから。まぁ、その分上川さんのほうにも戻って行ってたわけですが…」
博樹が家賃を払うと、お父さんの所へ行く。そこから、あずさの生活費として博樹の所へ戻る。なんとも、複雑な話である。
「しかも、こいつ投資家だしな。PAC−2も三嶋の投資受けてるからな」
「個人投資としては唯一じゃないの?」
「かもな」
一応株式会社の体形を取っているPAC−2。その中でも、お父さんの投資はけっこう太い部分があるらしい。
「あ、私が会社をクビになったのは本当ですよ。あのころは、株のフリーライターとサラリーマンの、どっちが本業かわからなかったですからね」
あっけらかんと、お父さんが言い放つ。この性格だからこそ、大物なのにちっとも大物のそぶりを見せないのだろうか。
「ところで、あずさ。後藤社長、どっかで見たことないか?」
「うーん、…なんとなく、覚えはあるんだけど…」
あずさが、少し考える。
「あずさが小さいころにさ、一緒に遊んでもらったりしたんだけど」
「バレンタインで、オレにチョコくれたよなぁ。よーく覚えてるぞ」
うーんと考え込むあずさ。なかなか、記憶が戻ってこないようだ。
「あずさがちっちゃい頃だったから、忘れちゃったかしらね?」
お母さんも微笑みながら言う。
「…あーっ!」
思い出したあずさが、思わず大きな声を上げる。
「ご…、後藤のおじさん!」
「そ。やっと思い出したな。あずさちゃん」
なにかうれしそうな社長の表情。
「オレが出版社にいたころは、けっこう遊んでたりしたけどなぁ」
「そうそう、おまえの子供も、あずさをけっこう面倒見てたな」
昔を思い出すように語り出す。
「最後に会ったのはいつだったかな?」
「確かあずさが、幼稚園の年長のころじゃなかったか?」
「あぁ、そうか。もうそんなになるか…。オレが出版社やめて、今の会社作ったときだったな。忙しくなってから会わなくなったんだよな」
「それが、今上川さんとの繋がりでまた出会っているわけですから…。世の中、何が起こるかわかりませんね」
そう言いながら、うれしそうな表情のお父さん。博樹のような男に娘をやることが出来て、ある種うれしいのかもしれない。
「オマエが会社をクビになったのも、悪くなかったってことだなぁ」
「はははは。それもそうか」
お父さんが苦笑する。
「まぁ、普通は娘を1年半も男にほったらかして、旅行に行ったりしないけどな」
「後藤が『上川さんなら信用できる』っていうから、預けたんだよ」
「で、信用できたか?」
「見てのとおり、だよ」
と、お父さんが博樹を見る。なんだか、博樹にとってはこっぱずかしい。
「ところで、オマエはどーすんだ、これから」
「んー、蓄えもまだまだあるしな。フリーライターやりながら、なんかやるよ」
「じゃあ、オレがどうこうしなくても良さそうだな」
「あぁ、気を使ってくれてスマンな」
「あの、社長は一体どういうコネがあるんですか?」
博樹が、それも前々から気になっていたことなので聞いてみる。
「ん? あぁ、出版社時代に、いろんな繋がりが出来たんだよ。出版社にいた時の同僚とか、他の編集部にいた友達とか、取材に行ったときに仲良くなった人とかな。コネじゃねえよ」
「それをコネクションってな、コネっていうんだよ」
お父さんがすかさずつっこんだ。確かに、こんな感じの社長なら、けっこういろいろなネットワークを形成している気がした。
社長も帰り、両親も隣の本来の家へと戻ると、再びふたりだけの時間になる。昨日までと変わらない、ふたりだけの空間。昨日までと同じように、ふたりでベッドの上で話をする。けれども、今日はいつもとちょっと違う空気が、ふたりの間に流れている。
「ねぇ、…博樹お兄ちゃん」
「ん? なに?」
「私と出会って2年になるけど、早かった?」
「…そうだな」
博樹が少し考える。約2年前の春。このマンションへ引っ越して来たとき。まだあどけない女の子だった、隣室のあずさ。そして、今。自分の隣に寄り添うあずさ。
「早かったといえば、早かったかもしれないなぁ…。あっという間だったような気もするけど、意外とそうじゃなかったような気もする」
「…私は、…どうかな? …私もよくわかんない」
あずさがそう言って、くすっと笑った。
「それでね、…博樹お兄ちゃん」
「うん」
「…今日から、…呼び方。…変えていいかな?」
「呼び方?」
「うん…」
あずさが、少しうつむいていう。なにか、落ちつかない様子。
「もう、…婚約したんだから…、お兄ちゃんは終わり、…だよ?」
「…そうか、…そうだな」
「だから、…博樹さんって、…呼んでもいいかな?」
「…あぁ、…オレも、今はそっちの方がなんだか、…いい気がする」
「うん、…じゃあ、もう『お兄ちゃん』は卒業だよ…」
「そうだ。…もう『お兄ちゃん』じゃないんだからな」
ふたりがみつめあう。そして、少しの間沈黙する。
「…博樹さん」
「うん、あずさ」
ぎゅっとふたりが抱きしめあい、唇を重ねあう。そして、そのままベッドの上にころんと転がる。
「博樹さん、…大好き、…博樹さん」
「あぁ、…あずさ。…オレも、大好きだぞ」
横になったまま抱きしめあったふたりが、しばらくのあいだキスを続ける。唇を重ね合わせ、ほっぺたに、おでこに、ふたりが互いにたくさんのキスをしていく。
「…博樹さんといっしょにこうして居られるのって、…すごく幸せだったんだよね」
「そうだな、…すごく幸せなことなんだぞ」
いつもいつも一緒に居ると、幸せなことが当たり前になってしまうけれど、改めてふたりで抱きしめあうと、ものすごく幸せな気分になってくる。
「ずーっと一緒だよ、博樹さん」
「あぁ。ずーっと一緒だ。あずさ」
ふたりがまたキスをして、幸せを分かち合う。
「ん…?」
博樹が、自分の唇にあずさの舌が触れたことに気がつく。少し驚いた博樹だが、それに応えて自分もあずさへと舌を絡める。
「んむぅ…」
ふたりが舌を絡める音が部屋に響く。次第に紅潮していくあずさの顔を見て、博樹は手をあずさの胸へ持っていく。
「んっ…」
あずさの胸に博樹の手が触れたとき、あずさがぴくんと少しだけ動く。博樹は、そのまま胸をやさしく触る。
「ん…、んふぅ…」
紅潮した顔のあずさが、桃色の吐息をする。
「あずさが大好きだから、こんな事するんだぞ」
「うん、…博樹さんが大好きだから、気持ちよく感じるんだよ…」
ふたりがおでこをくっつけて、みつめあってそう言う。
「…へへ」
「ふふ…」
ふたりして少し笑い、またキスをする。博樹がうなじにキスをして、耳に少し息を吹きかける。
「ふあ…」
「あずさ…、愛してるぞ…」
耳元で、聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声で言う。そのまま、キスの雨を浴びせながら、手をパジャマの中に入れて胸をやさしく触る。
「ふわん…、あぁ…」
あずさのすべすべのからだを、やさしくやさしく触る。最初に出会った頃とは違う、女の子らしく成長してきたからだ。この2年間、ほとんど一緒に成長を見てきた博樹にとって、なんだか感無量のような気がする。
「脱がすよ」
「うん」
うれしそうにうなずくあずさ。約1年前。最初の頃は、いつも恥ずかしそうな顔でしていたのに、最近は楽しそうと言うか、うれしそうな顔をしていることが多い。上着を脱がすと、博樹もシャツを脱ぐ。
「本当は恥ずかしいんだよ…、博樹さん」
そんなことをいうあずさが、またかわいくてしょうがない。おもわず、博樹もぎゅっと抱きしめてしまう。女の子らしい、ぷにぷにとした肌が火照っていて、その感触が博樹の肌に伝わってきもちいい。
「ふにゅう、…ちょっと苦しいよ」
「へへ、ごめんな」
あずさを解放して、ちゅっとキスをする。そして、そのままズボンの中に手を入れて、パンツのゴムをくぐり、恥丘からあずさの秘部に手を差し入れる。
「あふぅ…」
秘部に手が触れられた瞬間、あずさがふぅっと息を吐く。
「あずさ、…もうこんなになってるんだな」
博樹が指をやさしく動かしながら言う。にちゃにちゃと、あずさから出された液が小さく音をたてる。
「あ…、あのね…」
あずさが、なんだか恥ずかしそうに、博樹の耳元で言う。
「博樹さんとキスしてたらね、…なんだか、幸せな気分になってね…」
あずさが博樹にぎゅっと抱きついて、顔を胸に埋める。
「こんなこと言うのも恥ずかしいんだけどね…。もう、…来てもいいよ」
「……わかった」
博樹も、いつのまにか顔が赤くなっている。あずさのパジャマのズボンとパンツをいっぺんに脱がすと、自分もすべて脱いで、ゴムを着ける。
「…今日くらい、着けなくてもいいんだよ…」
「あぁ。…でもな、あずさのことが大好きだからこそ、コンドームを着けるんだからな」
おでこをぺたんとくっつけて博樹にそう言われ、あずさが少し考える。そして、すぐに納得して微笑む。
「うん、ありがと。博樹さん」
今日何度目かわからないキスをして、秘部にモノを添える。そして、そのままゆっくりと挿入する。
「はぅぅ…」
ねっとりとした感触に、博樹のモノが飲みこまれる。
「気持ちいい?」
「うん、…すごく気持ちいいよ。…なんだか、…今すぐにいっちゃいそうなくらい…」
うっとりとした表情で言うあずさ。あずさの顔を見てると、ものすごく愛しく感じてくる。
「あずさ。大好きだぞ」
そう言いながら、髪をやさしくかきあげてやる。あずさも、うれしそうににこっと笑う。
「起こしていいか?」
「うん、いいよ」
あずさのからだを抱えて、ゆっくりと起こす。
「あふぅっ…」
博樹がいちばん好きな体位の、対面座位。あずさの体重が結合部にかかって、しっかりと繋がっていられると言うこともあるが、あずさをしっかりと感じられるから、幸せな気分になって来る。
「わたし、これがいちばん好きだよ…」
「あぁ、オレもだ」
「博樹さんのからだ、ぎゅって抱きしめていられるから…」
あずさの気持ちも一緒。なんだか、博樹にとってはすごくうれしい。
「博樹さん」
「なに?」
「幸せだよ…」
「あぁ、…オレも幸せだ」
ふたりで繋がったまま抱きしめあい、しばらくそのままでいる。体温が互いに伝わり、心臓の鼓動が、かすかに伝わる。
「動いていいか?」
「うん、いいよ。…気持ち良くしてね」
そういったあずさの頭をやさしく撫でてやる。きっと、素直な気持ちから出た言葉。そんなあずさを、気持ちよく、幸せにさせてあげなきゃな、と思う。
「あんっ…」
ふたりで抱きしめあったまま、上下に動く。結合部はわずかな動きしかしていないが、互いの肌に伝わる体温と感触が、ふたりを高ぶらせていく。
「あっ…、あふぅ…」
鼻にかかったような息を、あずさが漏らす。激しい動きはしていないのに、いつもと同じように、いや、いつもよりも気持ち良さそうな顔で、あずさが吐息を漏らしている。
「気持ちいいか? あずさ」
「う、…うん、…すごく気持ちいいよ、博樹さん…」
はぁはぁと、口で息をしだす。博樹も一緒に高ぶっていきながら、この2年間のことを思い出す。
初めて出会った引っ越しの日、あずさが初めて博樹の家へ来た日、一緒にゲームをして遊んだ日々、一緒に暮らし始めた日、あのクリスマスの日、初めてのえっち、そして初体験。一緒に旅行に行ったり、いろんな所へ行って遊んだりしたこと。実は、時々けんかもしたけれど、すぐに仲直りする。結局は、すごく仲の良かった日々。これからも、ふたりでたくさんの思い出を作っていくのだろう。
「博樹さん…」
「あずさ…」
ふたりの胸の思いがいっぱいになり、抱きしめる力がぎゅぅぅっと強くなる。
「はぁ…、はぁ…」
あずさの吐く息が、より熱く、大きくなる。結合部から流れ出す液も、より一層多くなる。
「博樹さん…、もう、わたし…」
「あ、あぁ、あずさ…。オレも、もう…」
「ふわぁ、…あぁっ…」
あずさが、うわごとのように言葉を発する。それと同時に、博樹のモノをぎゅぎゅっと締めつける。
「ふぅ、…くぅ」
同時に、あずさの中で博樹のモノがびくびくと脈動して、ふたりが頂点へと達した。
「…あずさ」
「うん、…博樹さん」
そのままの状態で、ふたりがキスをする。
「あずさ、…これからもよろしくな」
「うん、…これからもよろしくね」
ふたりで頭を撫でて、くすっと笑う。
「幸せにしてね」
「あぁ。幸せになろうな」
ふたりが小指を出して、指切りをする。そして、みつめあう。
「ずっと、一緒だよ」
「あぁ。ずっといっしょだぞ」
ふたりは、再び抱きしめあった。