これ書いてるときに、マジメに風邪ひいたんですけど。
「博樹お兄ちゃん、朝だよ。起きよ…」
「うー、すぐ起きる…」
あずさに起こされて、博樹が身を起こす。いつも通りのあずさに起こされる1月の朝。
学生時代はひとりで起きていたのだが、就職してから生活が堕落し始めたせいか、どうも寝起きが悪い。おまけに、最近はあずさに起こしてもらっている始末だ。
「おはよ」
「おう、おはよ…」
ものすっごく眠たそうな声で博樹が答える。まだ寝足りなさそう…。
「ご飯出来てるから、来てね」
「うん」
ヌボーッとした表情で布団から出る。あずさに起こしてもらうのは、けっこう効果があるのだ。最近は、あずさも起こし方が上手くなってきて、まれに不意打ちのキスとかがあるのが嬉しい。その時はホントに眼がパッと覚めるのだが、ない時はいつものようにダラダラ〜っと…。毎日やったら効果が薄れるだろうし…。
少なくとも、大牟田とかに起こしてもらうよりかは目覚めがいい。ましてや、社長に起こされたら、起きると言うよりもどっちかといえば叩き起こされると言った感じである。ブースの机の下で、寝袋に包まって寝ていたら、社長が頭を軽く蹴って起こしてきて、何事かと驚いたことがあるし、突然耳元で「起きろ〜っ」と大声出されて、本当に飛び起きたこともある。
「うー、さぶっ…」
ほかほかの布団の中から、冷えた部屋に出るとたまらなく寒い。すぐに部屋着に使っている上着を着て、顔を洗いに行く。眠たい顔を冷たい水で洗うと、自然と目も開いてくる。
「おはよ」
「うん、おはよ」
リビングでのいつもの朝の風景。テーブルの上に、あずさが焼いてくれたトーストと紅茶。いつもこんな感じだが、博樹がひとりの時は食べない事も多かったのだし、かなり健康的になった。
テーブルに着く前に、あずさの顔を見る。ふと、何かちょっと違和感を感じる。
「…なぁ、あずさ」
「うに? なぁに?」
「…ちょっと顔赤いぞ。どうかした?」
いつもよりも妙にほっぺたが赤い。恥ずかしいとかそういうのじゃなくて、なんか妙な赤さ。
「ん…、ちょっとぼーっとする」
博樹があずさとおでこをくっつける。近づいた顔と顔。このままキスしたいくらいだが、そういうわけにもいかない。
「…んー、…微妙だな…」
熱があるのかないのか、ちょっと判断しづらい熱さ。素人だから、余計にわからない。
「んー、…一応体温、はかっとけ」
「大丈夫だよ」
微笑んで言うあずさ。本人も、大丈夫だと思っているんだろう。
「心配なんだ。ほっとけないだろ?」
「…うみゅ、……わかった」
ちょっと博樹に真剣な顔つきで言われ、あずさもちょっと考える。そして、博樹が持ってきた体温計をおとなしく服の中に入れてわきに挟む。
「気分は?」
「ちょっとボーっとするくらいだよ」
いつもとは違う、博樹の真剣な顔を見るとあずさもちょっとおとなしくなる。しばらくして、体温計のアラームがなる。あずさが取り出して、博樹に渡す。
「37度4分。…微妙だな〜…」
微熱って感じだが、学校を休ませるかどうかは非常に判定しづらい体温である。本来なら、休ませるべきなんだろうが…。
「…ホントに大丈夫か? たぶん、風邪ひいてるぞ」
「うん、大丈夫」
「そっか、んなら学校行っといで。でも、無理したらだめだぞ」
「うん、わかった」
「今日、体育とかは?」
「ないよ、大丈夫だってば」
けっこうしつこく言って来る博樹に、あずさもちょっと頬を膨らませる。けれど、博樹にとってはそれだけ心配なんだろうと思って、納得する。
「なんかあったら、携帯に電話かけろよ。籠原先生、オレの携帯知ってるからな」
心配な事は心配だが、博樹もたぶん大丈夫だろうと思って、ふたりそろって学校へ、事務所へと出かけた。
博樹が事務所に着いたのが基本的に定時の9時ちょっと前。新作に関する作業を進めながら、年末に発売したファンブックに続いて、公式設定資料集を発売する事になり、その仕事も進める。
「博樹。おまえが書いた原画のイメージ図って、まだあるか?」
「原画の原画?」
「あぁ」
「えーっと、…これの中にあるはず」
机の引き出しからスケッチブックを取り出して、大牟田に渡す。
「これ使っていいか?」
「別にいいけど、んな、らくがきみたいなもんでよけりゃ。あ、ただしそのスケブは返せよ」
「おう、わかっとる」
「そういや、由斗は元気か?」
「おう、そりゃもう元気よ」
大牟田が、親の顔になって笑う。
「毎日お風呂入れてやるんだけどさ〜、かわいいんだよなーこれがな〜っ」
にこにこにこにこと、大牟田はなんだか楽しそう。
「風邪なんか引かせんようにしろよ」
「おう、わかっとるわい」
風邪、という言葉を言って、博樹もあずさのことを思い出す。ホントに大丈夫だろうか…、と。
「博樹、ちょっとこれ頼むわ」
「おぉ、はいよ」
今度は広報から書類を渡される。いろいろと細かい雑作業なんかもしながら、仕事を進めて行く。10時半。博樹のパソコンのスピーカーが「ブーッ」というノイズを立てると同時に、机の上の携帯電話が鳴る。
「うぉっ、ほいほいほい」
携帯の受信する電磁波の影響で、スピーカーは意外とノイズを拾うのである。博樹はその音を聞いて、すぐに携帯に手が伸びるような癖がついている。かくいう作者もそうである。
携帯をパッと持って発信先を見る。
「ありゃっ」
誰かと思えば、同志籠原先生。もちろん、あずさの担任であり、クラスでモテモテ、美穂ちゃんと言う女の子と付き合っている、と言う先生であることは承知のとおり。
ちょっと悪い予感が頭をよぎりながら、携帯の通話ボタンを押してすぐに出る。
「はい、ども。上川です」
「あ、ども。籠原ですけど」
妙な会話のはじめ方だ。
「あずさですか? 風邪引いて、やっぱダウンしました?」
「あ、えぇ、その通りです」
「やっぱし…」
がっくしと、博樹が肩を落す。心配した通りだった。
「それでですね、とりあえず保健室に寝かしてありますんで、学校終わったらほかの子達に付き添ってもらって帰しますんで」
「あ、いや、いいです。今からそっちに行きますんで」
「え? そうですか? お仕事は…」
「仕事よりも、あずさのほうが心配です」
と言ったあと、あ、と博樹がつぶやく。ついつい、本音が出てしまった。電話先の籠原先生の苦笑する声がちょっと聞こえてきた。
「そうですか。なら、着いたらまた連絡お願いします」
「あ、わかりました。わざわざすいません」
「いえ、では」
電話を切って、すぐに荷物を片付ける。そして、隣の大牟田のブースに行く。
「おい、大牟田」
「ん? どうした? もう帰るんか?」
「あぁ。あずさが風邪引いてダウンした」
「…そうか。そんなら早く行ってやれ」
大牟田も、親になってちょっと柔らかくなったような気がする。以前からけっこう理解はあるやつだったが、最近はそれに加えて寛容さが増してきている気がする。もちろん、作品に対するクオリティの高さの追求とかは変わっていないが。
「すまんな。この埋め合わせはいつか」
「おぅ、オレの子供が熱だした時にでも埋め合せてくれ」
「はいよ。ん、じゃ」
博樹は事務所を出て急いで駅へと向かった。
時間はちょっと戻って、1時間目が終わったあずさの学校。
「うー、…苦しい。…辛いよぅ…」
あずさが、休み時間にちょっと辛そうな表情をする。
「あずさちゃん、どうしたの? なんだか、今日元気ないけど」
あやがちょっと心配そうな顔をして聞く。
「うん、…なんとか大丈夫だよ」
「…あんまり無理しない方がいいよ。…先生に言って、保健室行ったほうがいいよ…」
美穂も来て、あずさに言う。
「まだ、大丈夫だから。ダメになったら言うから、ね」
とはいいつつ、内心はもうダメダメだった。朝は全然平気だったのに、授業を受けている最中にどんどん辛くなってきた。風邪っていうのは、後からズンズン効いてくるもんである。たぶん、熱も上がっている頃だろう。
「博樹お兄ちゃんに心配かけたくないし、…なんとか我慢しないと…」
2時間目。ここらへんはもう気力である。博樹に「大丈夫」と言った手前、そうそうダウンするわけには行かない。博樹に心配をかけたくないって言うのも本心ではあるが、大人の扱いもしてくれているという気持ちからもそれは来ていた。
ところが、終わりごろになるともうダメ。普通の娘よりもある種体力のあるあずさも、机にべったりと倒れこみ、顔は真っ赤。息も苦しそう。このまま汗かかして、はだかにさせたら間違えられるだろうな〜というくらい苦しく、辛そうなほどにKOされてしまった。
2時間目の終わりにダウンしてしまったあずさを見かねて、あやが籠原先生へと報告する。
「せんせー。あずさちゃんが、すごく辛そうなんですけど…」
籠原先生も、朝からえらく眠たそうというか、辛そうなあずさを見て変だと思っていた。いつもの元気さが今日はないのである。
「あー、…熱出てるなこれ…」
あずさのおでこを触って、籠原先生が半分あきれた表情で言う。
「三嶋。ちょっとでも熱があったら、無理して学校来なくてもいいんだぞ…」
「ふぁい…、すいません…」
あぁ、ダメだこれは。完全にダウンしてると、籠原先生は思う。
「上川さんに気を使ったのか…」
籠原先生が、ぼそっとひとり言のように言う。あずさには、それさえもよく聞こえない。
「仕方ないな…。上川さんにはオレが連絡しておくから、…三倉、それと美穂。保健室まで連れてってくれるか」
「先生、美穂ちゃんだけ呼び捨てなんですね」
「う…」
あやから指摘を受け、ついついいつもの呼び方で呼んでしまった自分に気付く。隣の美穂は、いつものおとなしい表情をしているが、ちょっと頬を染めていた。
「ともかく、保健室まで連れてってくれ」
「はーい」
「はい」
両脇からふたりが支えてあげて、1階の保健室まで下りる。もはや、あずさの足取りは千鳥足。ふらふらである。
「あずさちゃん、大丈夫?」
「う、うん…。なんとか…」
保健室の布団に寝て、もはや大丈夫そうには見えないあずさ。
「おー、大丈夫か?」
すぐに籠原先生もやって来る。手の携帯電話をポケットに戻しながら入ってくる辺り、たった今連絡したとこなのだろう。
「とても、大丈夫そうには見えないですよ…」
「熱、すごく出てる…」
美穂があずさから体温計を取りだし、籠原先生と保健の先生に見せる。
「…38度6分。…いかんな」
「あずさちゃん、風邪はひき初めが大切だから、無理してきちゃだめよ…」
「ふぁい、…ごめんなさい」
もうろうとしているであろう、あずさの思考能力。ちなみに、このくらいの体温がいちばんきつかったりするのだ。逆に40度とかに行ってしまうと、ナチュラルハイになって、元気になってしまう。
「とりあえず、休み時間終わっちゃうから、三倉も美穂も教室戻ってなさい」
「せんせい、…あの、また…」
「あぅ…」
ついついいつもの癖が出てしまい、今度は美穂自身に指摘を受ける。あやは、その光景をちょっと白い目で見ていた。
1時間後の11時半ちょっと過ぎ。3時間目の授業が終わった時、ちょうど籠原先生に呼び出し放送がかかる。
「あ、上川さん着いたか。…けっこう早いな」
時計を見ながら、教室を出ようとしてちょっと足が止まる。
「美穂…、じゃなかった竹浦。4時間目の授業遅れるかもしれないから、こないだの続きからノートのまとめさせといて」
「はい、わかりました」
学級委員でもある美穂がにこっと笑って答えると、籠原先生の顔がちょっと赤くなる。こういう表情に弱いのだ、この人は。かわいい笑顔に対して、あの時のなんとも言えない表情とのギャップも激しいよなぁ、と、廊下に出た籠原先生は思った。
「…今日は何にもないし、…ちょっと誘ってみよっかな」
4階の6年生の階から階段を下へと降りながら、そんな事をつぶやく籠原先生。今日の放課後、なにかすることを決めたらしいが…。
「あ、ども、すんません」
「あぁいえいえ、保健室こっちです」
1階の職員室前に博樹が待っていた。博樹は事務所から家に一度戻ったあと、保険証と病院のカード、あずさの上着、そして毛布を車に積みこんで、学校へとやって来たのだ。
「三嶋〜。上川さん来たぞ〜」
「あずさー、大丈夫かぁ?」
保健室のベッドの上を見ると、顔を真っ赤にして辛そうな表情のあずさがいた。
「あ、博樹お兄ちゃん…。ごめんね…」
「いや、いいってことよ。それよか、帰るぞ」
「うん…」
ベッドから下りたあずさに、上着を着せる。
「あ、…荷物教室に置いたままだよ…」
あずさが思い出したように言う。と同時にタイミングよく。
「しつれいしま〜っす!」
あやを初めとする、あずさと同じ班の生徒が、あずさのランドセルに荷物を入れて持ってきてくれたのだ。気の効く子達である。
「先生、これ。三嶋さんのかばん」
「おぉ、サンキュー」
隣のベッドに男子生徒がランドセルを置く。
「三嶋さん、大丈夫か?」
「うん…、博樹お兄ちゃんが来たから、…大丈夫」
男子生徒の言葉に、なんとか返すあずさ。その男子生徒が、ふと博樹を見る。
「わざわざありがとうな。助かったよ」
にっと笑って、博樹が言う。そういえば、あずさと一緒に遊ぶ子達はともかく、初めて博樹を見る子はけっこう多いだろう。
「じゃあ、すいません。とりあえず病院連れてきますんで」
「はい、明日も、無理しないでくださいね」
博樹があずさのランドセルを持って車に乗せ、博樹の車が学校から出ていく。
「先生。あの人って、だれなんですか?」
「上川さん? 三嶋が預かってもらってる人」
「ふーん。…預かってもらってるにしては、なんだか仲がいいよね」
女子生徒がちょっと気がついたように言う。
「仲がすごくいいんだよ、きっと」
あやが、笑いながら言った。
「仲がいい、ねぇ…。もうすぐ休み時間終わるぞ。教室に戻った戻った」
籠原先生がぼそっとつぶやいたあとに言った
「うー…」
毛布をかぶって、やっぱり辛そうなあずさを気遣うように、ゆっくりと車を走らせる。とりあえず、家の近くの小児科医兼内科医までつれて行く。あずさの母親から、昔からのかかりつけと聞いていたところだ。
「ついたぞ」
「うにゅ…。けほ…」
毛布をかぶらせたまま、中へと入る。待合室には誰も居らず、すぐに診察してくれそう。
「あら、上川さんにあずさちゃん。いらっしゃい」
ここで開業医をしている中年の女性。温和な人柄で知られており、博樹も体調を崩した時に何度か見てもらった事がある。なんで体調を崩したかというと、まぁ、徹夜の連続であるが…。
「ども。そんで、あずさが、…こんな状態で」
「風邪引いたの? すぐこっち来て」
先生が診察室の扉を開ける。あずさを連れて椅子に腰掛けさせて、毛布と上着を脱がす。
「もう、見た目で風邪ね…」
聴診器を首にかけながら先生が言う。あずさは、ついにせきまでし始めて、いよいよ風邪が本番になって来たと言う感じだ。
「はい、ちょっと前はだけますよ。…上川さんは…、あ、別にいいんでしたね」
「…。んんっ?」
後ろで腕組みをしていた博樹が、ちょっと疑心暗鬼な顔をする。
「あずさちゃんも、別に上川さんにはだか見られてもどうってことないでしょ〜」
診察をしながら、先生が言う。
「まだちょっと恥ずかしいですけど…。ごほ…」
あずさが、顔を赤くしたまま言う。これは、風邪で赤くなっているのかそれとも別の理由でなのか、判断できない。っていうか、先生の発言の真意がなにか気になるが…。
「うーん…。ただの風邪みたいね。インフルエンザってわけでもないみたい」
先生がカルテに書き込みながら言う。
「とりあえず、お薬の紙渡しときますから、薬剤師さんところに行ってもらってくださいね」
「すんません。ありがとうございました」
博樹が紙をもらって、あずさに上着と毛布を着せる。
「そういえば、…さっきの発言って…?」
「さっきの? あぁ、上川さんに見られても〜、ってお話?」
「えぇ…」
「年頃の女の子の診察に、ずんどこずんどこ入ってくる男の人ってことは、それなりの事があるんでしょ。ってことよ」
先生が笑いながら言う。あー、そりゃそうか…。普通は待合室で待ってるよなぁ…。
「今はあなたが保護者なんだから、ちゃんと守ってあげないと。婚約者ならなおさらよ」
「うが」
「けほけほけほ、…ごほ」
博樹が唸り、あずさがせきを連発する。
「あずさ、大丈夫か?」
「うん、けほけほ、…大丈夫。ちょっと驚いただけだから…」
「では、お大事に。やさしくね」
先生が手を振って見送る。
「私はいつもやさしいです」
博樹が苦笑しながら言い返す。
「そうね。作品見てても、鬼畜なお話は書いてないものね」
「ぐへ」
先生からの激しいカウンターを受けて、博樹は脱力した。
家へと帰ってきて。あずさを着替えさせてからベッドに寝かせる。一応薬を飲ませて、毛布を普段よりも多めにかける。
「うー…」
火照った顔だけ出して、あずさが唸る。やがて、ちょっと寝苦しそうに眠りについた。博樹は心配そうに見守りながらも、眠ったあずさを見てちょっとだけ安心して部屋を出た。
昼を過ぎて2時ごろ。様子を見に部屋へと入る。あずさが寝ていたら作業がしにくいので、サブノートを使ってリビングで作業していたのだ。
「…う、…博樹お兄ちゃん」
「ん、…どした?」
部屋に入って来た博樹を見つけて、あずさが小さな声で呼ぶ。
「…ごめんね、わたしが無理したからこんな風になっちゃって…」
「いんや、気にするな。あずさが休んだら、どっちにしろオレ休んでたから」
あずさのおでこをやさしく撫でる。火照った顔の熱さが、手に感じられる。
「ほら、あずさ。そんな顔するな。気にしなくていいんだって。そういうがんばるあずさが、オレは好きなんだから」
ものすごく申し訳なさそうな顔をしたあずさを、博樹はすごく愛しく感じる。
「うん…。でも、ごめんね…」
「…あぁ、もう無理するなよ」
博樹があずさの顔に近づき、唇にキスをする。風邪をひいていようが関係ない。あずさが愛しくてしょうがないのだ。
「…あずさ、ちょっと待ってろな」
いったん部屋を出た博樹が、台所へと向かう。そして、3分ほどして戻ってくる。
「からだ起こせるか?」
「うん、…大丈夫」
上半身を起こして、あずさにカーディガンをかける。
「ほら。これ飲んで、もうしばらく寝てな」
「あ、…作ってくれたんだ。ありがと…」
あずさのマグカップに入った、あったかいはちみつミルク。なんだか、心から暖まる、そんな感じがした。
「博樹お兄ちゃん。ありがとね」
「あぁ。どういたしまして」
ふたりしてくすっと笑う。
「だいぶ良くなったみたいだな」
「うん、…博樹お兄ちゃんのおかげだよ」
まだ頬は赤いけれど、せきもとりあえず止まったようだし、だいぶ良くなってきたみたいだ。
「もうしばらく寝てような」
「うん…」
あずさをきゅっと抱きしめてあげて、ベッドに寝かせる。おでこを撫でて、ほっぺたに手を添える。あずさも、傍らに博樹がいることに安心してか、すぐに眠りについた。博樹も、しばらく傍らにいるつもりだったのだが、あずさの寝息を聞いてるうちに自然と眠くなってしまい、そのまま眠ってしまった。
翌朝。
「博樹お兄ちゃ〜ん。朝だよ〜、起きよ〜」
ベッドの下で毛布をかぶって寝ている博樹を、あずさが揺さぶる。
「んぉ…。…大丈夫か、あずさ…」
「うん、もう大丈夫だよ。元気元気」
なんだかうれしそうなあずさ。博樹もとりあえず身を起こして、あずさとおでこ同士をくっつける。
「…ん、…大丈夫そうだな」
顔を近づけあったままふたりしてにこっと笑い、そのままちゅっとキスをする。
「えへへへへ…。心配してくれてありがとね、博樹お兄ちゃん」
「うん、もう無理すんなよ」
もう一度キスをして、きゅっと抱きしめる。
「さ、学校行くぞ。みんなが心配してるからな」
「うん!」