「博樹、ちょっと全員集めてくれ」
広報担当が、社長とともに第2開発室にやって来る。手には書類。
「…わかりました」
博樹には、それをみてすぐに何かわかった。
「大牟田、ミーティング室に集合して」
「了解」
関係者全員に声をかけて、第2開発室内にあるミーティング用テーブルに全員が集まる。博樹、大牟田、石井、高城、プログラム担当の山崎、音楽担当の広川、その他バイト、第1開発室所属の他のメンバーもいる。
「まぁ、なにかはもうわかってると思うけど、タイトル及び発売日決定したからな」
広報担当がしゃべると、やっぱり、という顔を全員がする。
「タイトルは、仮称通りそのまま『Present for
me』で行く。で、発売日は7月1日」
真剣なまなざしで聞く開発陣。
「残り2ヶ月。みのう班も含め、全力で取り組んでいこう」
『はい!』
社長の言葉に、全員が返事をする。
「それと、みのう班が4月8日に発売した『空鈴(そられい)』だけど、半月経った段階でメガーキングの売り上げランキングは5位。比較的好調とのことだ」
メガーキングは、98の時代から名を馳せていた週刊ゲーム誌で、一般ゲームのみならず、エロゲーも取り扱う。ここでの売り上げランキングが高いと、それも売り上げに反映していくという反響の大きさがある。
「それと…」
大牟田が立ちあがる。
「本日4月21日は、カミカワひろ、こと上川博樹の誕生日です」
お〜っという声とともに、さっきまでいなかったみのう班の「みの」と歌川がケーキを持って入ってくる。
「え? あ?」
驚く博樹。25本のローソク。そして、ハッピーバースデイの歌。
「ハッピバースデーかみかわ〜!」
歌い終わって博樹がローソクの火を消すとともに、全員から、
「おめでとー!」
の声と拳の祝福、ぼかぼかぼか。
「あ、あがっ。…、どうもありがとう」
ボコボコにされたあとで、ほぼ全員でケーキを食す。にしては、けっこうでかいケーキを買ってきたものだ。
「いや、今や中心メンバーのひとりである上川の誕生日を、盛大にやらにゃいけんだろうが」
と、みのう班の班長、みの、こと美濃が言う。
「ホンマは、これを口実にこういう事をやりたかっただけ、だけどな」
同じくみのう班の歌川金色郎、こと西川。このメーカーは、開発部門がふたつある割にメンバーが意外と少ない。しかし、仕事が仕事なだけになかなかそろって騒ぐ事が出来ないのだ。
「あ、このケーキは社内の予備費と社長のポケットマネーから出てるんで」
『ありがとうございま〜す、しゃちょ〜』
また全員で返事。
「しかし、ケーキなんて食うのは久しぶりだな」
博樹の隣にいる大牟田が言う。
「上川はしょっちゅう食ってるぞ」
その隣にいる社長が言う。
「あれ? 博樹って、甘党だったっけ?」
「そうじゃねえよ」
「…あぁ、そういうことねぇ…」
大牟田の、怪しげな目線。
「…あんだよー」
博樹の、大牟田の目線が気になるという顔。
「へ? そういうことって、どういうこと?」
今度は石井が聞いてくる。
「博樹はな、ひとり暮しじゃねえんだよ」
「へー、なんかそういう噂を聞いたことがあったけどやっぱりそうだったんだ。小学生だろ」
「ぐぅぉふぉっ!」
的確な攻撃に、博樹が咳き込む。
「あ、石井。それ以上聞くな。博樹が困る」
「…うぐぅ」
「うぐぅ、じゃねえよ」
博樹の発言に、社長直々にツッコミが入った。
「ただーいま」
「おかえり〜! 博樹お兄ちゃん〜!」
博樹が玄関を開けるとともに、奥からエプロン姿のあずさが駆けて来て。
ぴょん!
「うぉっとぉ」
「おかえり」
博樹に抱きついた。
「おぅ、ただいま」
あずさのあたまをなでなでする。
「へへ、朝も言ったけど、お誕生日おめでと」
「うん、ありがと」
抱きついているあずさをおろして、リビングに行く。
「ごちそう作ってるから、もう少し待ってね」
「おう、待ってるぞ〜」
まるで自分の事みたいにうれしそうなあずさを見て、博樹も思わず顔がほころぶ。荷物を部屋へ置いて、リビングでしばらくくつろぐ。横目で見ると、あずさがうれしそうに楽しそうに、料理をしていた。
「できたよー、博樹お兄ちゃ〜ん」
「おーし」
テーブルの上に並べられた料理を見て、博樹は目を大きくする。
「…すごい量だな。…クリスマスイブの時以上だぞ、これは…」
「へへ、調子に乗って作りすぎちゃった」
笑って言うあずさ。
「ハッピバースデーひ〜ろき〜」
ふたりで歌って、ケーキのローソク25本を消す。
「よし、いくぞぅ」
「おぅぅ!」
博樹の掛け声とともに、あずさも答えて、ふたり、リミッター解除。
『いただきまーすっ!』
…傍目から見たらギャグのように、怒涛のごとく食らうふたり。やせてはいるがそこそこに背が高い博樹は、けっこう食べる。あずさも、細いからだをしながらも、さすがは成長期。結構大メシ食らいなのだ。
「そういえばさ」
「むみゅ? なぁに?」
ガツガツと食いながらも、話をするふたり。
「オレも一応、会社で祝ってもらえた」
「ふーん、ケーキも?」
「うん。社長が出してくれた。それをみんなで食べた」
「それって、みんなで騒ぎたかっただけだったりしてね」
「まさにそのとおりだけどな」
博樹が笑う。
「しかし、仕事が忙しいから腹が減っちゃってさ…」
「ケーキは別腹っていうもんね」
「…それは、ちょっと違うと思うが…」
博樹が、眉毛を八の字にする。
「お腹減ってるんだったら、どんどん食べてね、どんどん」
「どんどん食わねえと消化しきれねえからな」
しばらく、たわいのない話をしながら料理をどんどん片付けていく。1時間もしないうちに、ふたりでケーキも食べおわり、テーブルの上にはカラになったお皿が並んでいるだけになった。
「ぐへぇ…、もぅ食えね…」
「うん、…さすがに作りすぎたね…」
おなかパンパンのふたりが言う。きれいに片付けてるんだから、このふたりはすごい。
「あ〜、動けねぇ…」
「あとかたづけぇ…」
「あー、…オレも手伝う〜」
いつもより動きが5割減のふたり。まぁ、動けるだけたいしたもんだと思う。ふたりして「うにゅ〜」だの「むぎゅ〜」だの言いながら、皿洗いをする。
「お皿洗いはもう大丈夫だから…、お風呂洗ってきてくれたらうれしいな…」
「了解ぃぃ…」
いつもより、動きが4割減になった博樹が、ぬぉっそぬぉっそと風呂場へと向かった。。
1時間もすれば、ふたりともだいぶ楽になって普通に動けるようになって来た。ふたりそろってお風呂に入って、リビングでのんびりとしたひととき。
「しかし、今日はものすごい量だったな」
「新記録達成だね」
「もう、しばらく更新しなくていいけどな…」
「そうだね、…もうしばらくはあんまり大メシはいらないね…」
「…だけど、…半月後にはあずさの誕生日だぞ」
「…うにゅ。…そのときは、普通に作ろうね…」
あずさが苦笑する。しばらく、ふたりでテレビを見て、ほどよい時間になる。
「博樹お兄ちゃん」
「ん?」
「…そろそろ、…いい時間だよ」
「…そうだな」
時計を見ると9時半。明日も仕事や学校があるので、今日は早めにベッドに入る。リビングからふたりの部屋へ移動して、ベッドの上へ腰掛ける。ふたりだけの、愛情表現の時間。
「…ねぇ、博樹お兄ちゃん」
「どした?」
「こないだね、同じクラスのあやちゃんから聞いたんだけどね」
「うん」
「あやちゃん、幼なじみの高校生の人と、…もうしてるんだって」
なにか、どっかで聞いたことある話のような気がしないでもないが。
「…もうしてるって、…入れてるってことか?」
「うん。…昔から、えっちな事とかしてたんだって…。いまの、…博樹お兄ちゃんとわたしみたいだよね」
博樹はそのことを考えながら話を聞いていた。2月に初めて肌を重ね合わせてから2ヶ月。いままであずさといろいろとえっちな事をして来たが、まだあずさの初めては奪っていない。
「その高校生のひとね、…あやちゃんの責任とるって言ってるんだって…。ちょっと、うらやましいかなって思っちゃって…」
「あずさ。…オレ、…まだあずさに入れたわけじゃないけど、…ここまで来たんだから、オレはきちんと責任とるぞ」
「…うん、…博樹お兄ちゃんなら、…きっとそう言ってくれると思ってたよ」
「あずさ…」
「博樹お兄ちゃん…」
ふたりの唇がふれあい、そのままそっとベッドの上に押し倒す。
「…今日は、最後まで…」
「あぁ」
「ちょうどいいよね…」
あずさが微笑んで言う。
「わたしの初体験と…、博樹お兄ちゃんの誕生日…」
「そうだな、…絶対に忘れられない日になるもんな」
あずさが博樹にきゅっと抱きついて、ふたたび長い、長いキスをした。
「はわぁ…、あぅっ…」
あずさの秘部から透明な液がとろとろと流れつづけ、博樹の唾液とともにシーツを濡らしていく。
「あぅぅ、ひ、…博樹おにいちゃ…、あんっ!」
あずさもかなり高ぶっている。いつもなら、ここであずさをいかせてしまっておしまいなのだが、今日はそういうわけにはいかない。ふたりが出会って1年が過ぎた。ふたりが、今日、ひとつになろうとしているのだ。
「はぁ…、はぁ…」
息が上がっているあずさが、とろーんとした目で言う。
「博樹お兄ちゃん…。いいよ…」
「うん、…あずさ」
博樹があずさと唇を重ねるとほっぺたに手を添えて言う。
「オレも初めてだし…、あずさも初めてだ…」
「うん…」
「あずさは、すごく痛いかもしれないけど…、…我慢できるか?」
「博樹お兄ちゃんだもん、…我慢できるよ」
「だけど、…どうしても我慢できなかったら言ってほしい」
「うん、…わかった」
「最初は…、あっけなく終わっちゃうかもしれないけど…。あずさは、痛いだけかもしれない」
「大丈夫だよ。…最初は痛くても、…そのうちきっと、…気持ちよくなれるから」
あずさがにこっと笑う。
博樹の本能には、待ち望んでいた時。しかし博樹の理性には、あずさに痛いことはさせたくない、と言う気持ちはどうしてもあった。
「あずさ…」
博樹があずさの秘部にモノを添えると、あずさもこくんとうなずく。
「あ…」
先端があずさの秘部に包まれる。ここまでは、ふだんからしていた。そして、これからが…。
「あずさ…」
博樹は、あずさと将来一緒になる事を決めていた。あずさ自身も、博樹と一緒になる事を望んでいる。遅かれ早かれあずさに傷を入れてしまうのなら、今この場で…。
「うん」
ふたりが決心して、博樹が腰をぐいっと突く。
「…くぅ、いっ…、…あぁ」
あずさが、顔をしかめて言葉にならない言葉を上げる。
「あ、あずさ…。…だ、大丈夫か…」
「ひ、ひ、…博樹お兄ちゃん。…だ、大丈夫だから、…やめないで、…ぜ、全部…」
まだ半分くらいしか入っていない博樹のモノ。あずさの顔は、涙がでるほどの痛みに顔がゆがみ、低いうめき声がこぼれる。それでも一生懸命にそれを我慢しようとしている。そのあずさに応えてあげたい。博樹は、いつものやさしさを一度忘れて、より深くモノを突き込む。今は、これがやさしさなのかもしれないと、博樹は思った。
「あぅぅっ…、はぁ、はぁ…」
痛くて、苦しくて、燃えるように熱くて。今までこんなに痛みを感じた事はなかったのに、あずさにとっては心のなかに少しずつ、なにか暖かいものが生まれて来ていた。博樹のモノが、あずさの中を突き進むほどに。
「あ、あずさ…。全部入ったよ」
全部入ったわけではなく、全部入る前に先端が奥まで到達したのだ。
「うん、…わかるよ。…博樹お兄ちゃんのが、私の中に入ってるんだよ…」
あずさが、自分に言い聞かせるように言う。
「大丈夫か? 我慢できる?」
「…うん、大丈夫だよ…。…痛いだけじゃ、…ないから」
あずさにとって意外だったのは、初体験と言うものは単純に痛いだけじゃなくて、心の中になにか暖かいものを感じたことだった。これが博樹じゃなかったら、きっと痛いだけだったかもしれない。
「ゲームって、…ウソばっかり書いてるわけじゃないんだね…」
「…そうなのか?」
「…い、痛いだけじゃないのって、…ホントだよ…。いた、…痛くても、…なんだか、へんなの」
息も絶え絶えで、あずさが言う。
「痛いけど、…い、痛いのが、…不思議だけど、…すごく幸せなんだよ」
「…あずさ」
「…大好きな博樹お兄ちゃんに、…愛してる博樹お兄ちゃんにされてるから、…すごく、すごく暖かくて、…幸せだよ…」
あずさの瞳からぽろぽろっと涙がこぼれ出ながら、言いつづける。
「…博樹お兄ちゃんに処女をあげられて、…わたし、…すごくうれしいよ…」
「あずさが、そう思ってくれて、…オレはすごくうれしい」
博樹の顔が、すこし切ない顔になる。
「…博樹お兄ちゃん?」
「…ごめん。ちょっとうれしくってな」
博樹が笑う。あずさも、博樹の顔を見て微笑んだ。
「あずさの中、…すごく気持ちいいぞ」
「…わたしは、…痛いけど…、幸せで…、博樹お兄ちゃんのからだが暖かいから…」
下になったあずさが、博樹にキスをする。博樹もまた、あずさにキスをする。
博樹は入れた状態で全然動いていなかったが、それでも小さなあずさが博樹のモノを圧迫して、快感を与えていた。
「…ほんとに、…大丈夫か?」
「う…、うん…。それよりも、…博樹お兄ちゃんが、…わたしの中で気持ちよくなってくれてるから、…それがうれしいんだよ…」
あずさの痛みは、博樹にはわからない。けれど、あずさの中がぐにぐにと博樹を圧迫しつづけていることが、あずさの痛みを代弁しているように感じた。
「…あ、あずさ。…も、もうすこし、…もう少しでオレ…」
「うん、…博樹お兄ちゃん。わ、わたしの中に、…出して、…出していいから…」
博樹はあずさをぎゅっと抱きしめる。あずさの鼓動が、すこし博樹に伝わってくる。すこしだけ早く打っているあずさの鼓動を感じながら、博樹はどんどん高ぶっていく。
「あ、…あずさ、…オレ、…あずさが、…あずさ…」
博樹の、あずさを抱きしめる力が強くなる。あずさは、それが少し苦しかったが、博樹が自分を愛してくれていると感じる事が出来て、ものすごく心地よかった。
「…博樹お兄ちゃん」
あずさはそうつぶやくと、博樹を力いっぱいぎゅぅぅっと抱きしめた。
「…あ、あずさっ」
「…博樹、…博樹お兄ちゃん…」
ふたりの抱きしめる力が最高潮になったとき、博樹はあずさの中に果てた。
「…あ、あっ…く、くぅぅっ…、あ、…あずさ…」
「…博樹お兄ちゃんの…」
あずさのからだの奥に、なにかどくどくと波打つものが感じられた。
「…博樹お兄ちゃんが、…わたしの中で…」
あずさはそうつぶやきながら、涙をぽろぽろと流した。
「…あずさ、…大好きだ。…愛してるぞ、…あずさ」
あずさはこくんとうなずくと、博樹と長い、長いキスを繰り返した。
シーツの上の鮮血。あずさが、初めてだったことを表すしるし。そして、いまだにあずさの中から逆流してくる博樹の白濁液。
「博樹お兄ちゃん…」
「どした?」
あずさの秘部をそっとそっとぬぐいつづける博樹が、あずさの表情を見る。
「ううん、なんでもないよ」
その光景をじっと見ていたあずさは、ふと博樹の顔を見ると、はにかむように微笑んだ。
「へへ…」
あずさの微笑に笑顔で返した博樹が後始末を終えると、寝転がっているあずさをやさしく撫でる。
「大丈夫か、あずさ。動ける?」
「うん…。大丈夫だよ」
上半身を起こして、博樹と向かい合う。そして、また長いキスをする。
「んむっ…」
「んっ…」
やさしく抱きしめあい、そっと唇を離す。
「…はわぁ…。…大好きだよ…、博樹お兄ちゃん」
「うん、…オレも大好きだ。あずさ」
博樹が頭を撫でると、あずさの瞳がうるうると輝いてくる。
「ほら、あずさ。もう泣くな。せっかくいいことなんだから。にこって笑わなきゃな」
「…うん、そうだね」
指で涙をふいたあずさは、ぺたっと、博樹に抱きついた。
「博樹…、…さ…、…お兄ちゃん」
「…なんだ、今の間は」
博樹が笑うと、あずさも照れて笑う。
「博樹お兄ちゃんのこと、…さん付けで呼ぼうかなって、思ったんだけど…」
あずさが、いつもの表情に戻る。ちょっと困った顔。
「恥ずかしかった」
「これからオレとあずさは長いんだから、な。今は呼びやすい言い方でいいぞ」
「…うん、博樹お兄ちゃん!」
「よし、それでこそあずさだ!」
元気よく博樹の名を呼ぶあずさを、博樹はぎゅっと抱きしめる。
「へへ、博樹お兄ちゃん…。あぅ、…ったたた」
「あ、…大丈夫か?」
あずさが、自分の股間をちょっと気にする。
「うん、大丈夫だけど、…やっぱりなんだか違和感がある…」
ちょっとだけ恥ずかしそうに、困ったような顔をする。
「…でも、一晩すれば治っちゃうかな?」
「…そうだな。あずさ」
「うにゅ?」
ちゅっ。
「…えへへ、ありがと。博樹お兄ちゃん」
翌日。いつもよりも異様にこっぱずかしい雰囲気で目覚めたふたり。あずさは学校へ、博樹は会社へ行くためにふたりそろって朝食をとる。
「ねぇ、博樹お兄ちゃん」
「なに?」
「…今日も、…早く帰って来れる…?」
「…大牟田とかに相談してみないとわからないけど…。出きるかぎり早く帰ってくる」
「うん、ありがと」
あずさはパンを食べ切ると、残っていた紅茶を飲み干して身なりを整える。
「じゃあ、行ってくるね」
ランドセルを担いで、玄関へ行く。博樹も、いっしょに玄関で送る。
「…じゃあ、なるべく早く帰ってきてね…」
「あぁ」
「…きょうも、…しようね」
あずさがちょっとうつむいて言う。
「わたしも、…博樹お兄ちゃんといっしょに、…早く気持ちよくなりたいから」
博樹はその言葉を聞いて、胸にジーンと来た。
「…じゃあ、行って来るね〜」
「…おう、いってらっしゃい!」
あずさを見送って、博樹はひとり心に響いた言葉を思いながら、感動していた。
博樹がちょっと早めに事務所へ出勤すると、昨日から事務所にこもりっきりだったメンバーが、休憩室だけじゃなくて、第2開発室内のテーブルの上や下、床の上のみならず、スチールの棚に上半身突っ込んで寝ているバイトまでいた。開発現場で、よく見られる風景である。
「大牟田、大牟田。おはよー」
自分のスペースの机の下に頭を突っ込んで寝ている大牟田を、ゆさゆさと揺さぶり起こす。床にはカーペットが敷いてあるので問題ないが、床の上に寝るのはけっこう辛い。博樹は、寝る時は一応、自分のスペースに薄手の寝袋を持ちこんでいる。
「……。オレを寝起きドッキリしたってちっともおもしろくねえぞ…」
大牟田の、起きるときの口癖である。ぬぉそっと、いう感じで体を起こす。
「ほれ、アイスコーヒーだ」
博樹も座りこんで、大牟田に渡す。
「サンキュー…。で、…昨日の夜はどうだったんだ?」
「…昨日の夜ってなんだよ〜…」
「おまえの誕生日の夜だったんだから、あずさちゃんと何かいいことでもしたんじゃねえか…?」
「…否定はしないけどな」
目線をそらして、博樹は言った。昨晩のことを思い出すと、こっぱずかしい。
「勝手に回想モードに入ってんじゃね〜よ」
「…悪い」
大牟田のツッコミに、博樹が我にかえる。
「あ、それでな。今日も、オレ早く帰らせてもらえるか?」
「…博樹は仕事進めるのが早いからな…。オレは別にいいけど…」
「マスターアップまでにきっちりとした仕事をすれば、誰も文句は言わねえよ」
博樹と大牟田が見上げると、頭ボサボサの社長が立っていた。
「あ、…しゃ、社長…」
「オレもテストプレーきちっとしてるんだからな…。ほれ、問題のあった部分だ。キッチリ直しとけよ」
紙を数枚、博樹に渡して社長がどこかへ行く。レポート用紙3枚ほどに、誤字脱字、演出上の問題点、バグ、その他もろもろがいろいろと書かれていた。
「…社長、昨日泊ったのか?」
「知らねえ。…ただ、社長室の電気が付いてたから、居たのかもしれない」
「残ってたんだよ〜。テストプレー始めたら止まらなくなったんだよ」
顔を洗ってさっぱりしたという表情の社長が、再び現れる。
「…仕事だけが大切じゃないけどなぁ、特に家庭持ちはな」
そう言う社長も黙り込む。ちなみに、博樹はともかくとして、社長も既婚だし、大牟田も何気に昨年結婚していたりする。
「というわけで、博樹も大牟田も、程よいところで帰れよ」
「…わかりました」
「じゃあ、オレはまたテストプレーの続きでも、…と」
「よっしゃ、オレも仕事始めるかな」
大牟田が立ちあがって、髪ぐいっとかきあげてからデスクにつく。
「そうだな。オレもさっさと修正するか」
博樹も隣の自分のスペースに移って、仕事を始めた。
仕事をしていると、あっという間に日が暮れて、博樹はこそこそと退ける。
「ただいまー」
「おかえり、博樹お兄ちゃん」
博樹が帰ってくると、あずさがいつもどおり迎えてくれる。
「約束通り、早めに帰ってきたぞ」
「うん、…ありがと」
あずさが、にこっと笑った。
「…じゃあ、博樹お兄ちゃん。…今夜も、…ね」
「うん」
そして今日も、ふたりの夜はふけていく。