・「くりえいた〜」
・博樹とあずさの日常から〜5−6−2「学校と家庭訪問」


 博樹とあずさの住む家から10分ほど歩いた所にある、住宅街の中の小学校。新しい学年がはじまり、しばらくはクラスの新しい編成をしたリすることで時間が費やされ、そのうち普通の授業が始まる。5年生から6年生に進級したあずさのクラスは、クラス替えがあったわけでなく、新しい委員も滞りなく決まり、ホームルームは消化されていった。
「えぇと、…今から配るプリントは家庭訪問のプリントだから、必ず提出してね〜」
 担任の籠原先生がそういったあとに各列に配って回す。籠原先生は、つい昨年新任として着任した男性教諭で、生徒の間からも人気が高い。とくに、若いので女子にはけっこうモテモテ。
「…そっか、家庭訪問があるんだ…。…博樹お兄ちゃん大丈夫かなぁ…」
 あずさはプリントを眺めると、つぶやくように言った。
「ねぇ、あずさちゃんのところどうするの?」
 後ろから仲の良い友達のあやが聞いてくる。
「うーん。たぶん博樹お兄ちゃんでいいと思うけど、あとで先生に聞いてくる」
 今日の分のホームルームが終わり、帰りのあいさつをして皆がバラバラと帰り始める。
「籠原せんせ〜」
「ん? なに、三嶋」
 自分の机の上を整理している担任に、あずさが聞く。
「家庭訪問なんですけど、うちはどうすればいいんですか?」
「…あぁ、そうか。三嶋は、いま居候だったんだな…」
 あずさの両親が長期の海外旅行中というのは、もちろん担任は知っているし、友達の多くも知っている。だから、あずさが博樹の家に居候しているのは周知の事実になっていたりする。
「親は、帰ってこれないんだろ?」
「はい。今はアルゼンチンのどこだかにいるって、こないだ手紙が来てました」
「…アルゼンチンのどこだか…」
 籠原先生の目線が遠くなる。
「…うーん。だとしたら、一緒に住んでる人…、えぇと、…上川さんだったっけ? その人に出てもらいたいんだけど…」
「…最近忙しいからわかんないですけど、とりあえず相談してみます」
「うん、よろしくね」
 あずさはランドセルを背負うと、教室を出た。
「ねぇ、あずさちゃん」
「あ、あやちゃん。待っててくれたの?」
「うん。それで、どうだって?」
 あやが、やや興味ありげな目で聞いてくる。あやは、あずさの生活にやや興味があるらしい。理由は、まぁ、…気付いた人ならわかる。
「博樹お兄ちゃんでもいいってことだけど、最近忙しいから、ちょっとわかんない」
「ふーん。…ゲーム作ってるって言ってたよね」
「うん。今作ってる最中だから、かなり忙しいみたい」
「そうなんだ」
 そんな話をしながら学校を出て、家の近くまで一緒に帰った。


 夕方、電話が鳴る。
「はい、上川です。…あ、博樹お兄ちゃん」
「おう、博樹だけど。今から帰るからさ、あったかい晩ご飯と暖かいお風呂を準備してくれたら、すご〜くうれしい」
「うん、わかった。準備しとくね!」
「ありがと。じゃあ、1時間くらいしたら帰りま〜す」
「はーい。じゃあね」
 受話器を置いて、あずさが急いで冷蔵庫の中身を確認する。
「え〜と…。お豆腐と…、野菜もちょっと足らないなぁ…。よし、急いでお買い物してこよ」
 リビングにあるコンソールの中からお金を出して買い物用のお財布に入れ、すぐ近くのスーパーまで買い物に向かった。
 代わって博樹は、
「じゃあ、大牟田。オレ帰るから」
「おう、ゆっくり休んでこい」
「…あ、今ちょうど佳境だな」
 大牟田のパソコンには、博樹の一番力を入れた、ヒロインシナリオのえっちシーンが描き出されていた。テストプレイ中なのだ。
「しかし、なんか、描写が生々しいぞおまえのシナリオ」
「そうかぁ?」
「…やっぱ、あずさちゃんとなんかあったんだろ」
「……」
「…否定しないもんなぁ」
 大牟田が博樹の顔を見て、すぐに画面へと目線を戻す。
「今日もしっかりやってこい! それ帰れ!」
「…おー、…じゃ、また明日…」
 妙な顔をした博樹は、家路へとついた。
「あぅー、ちょっと間に合わないかもしれない〜」
 お風呂の準備を終えたあずさが、時計を見てちょっと慌てる。エプロンをつけたその姿は、無茶苦茶な幼な妻の光景だ…。
「よーし、修羅場モード発動!」
 なんか、しょうもないことで修羅場モードを発動したあずさは、一瞬ポーズを決めたあと、夕食の仕度をするスピードが通常の3倍になる(当社比)。もちろんギャグです。
「ただいまー」
 そうこうしているうちに、博樹が帰ってきた。あずさは博樹の声を聞くと、玄関まで走る。
 とたとたとたとた。
「おかえり! 博樹お兄ちゃん」
「おー、ただいま」
 あずさの頭をぽむっと撫でる。
「お風呂、もうちょっと待って…」
 と言ったときにちょうどよく電子音が鳴る。
「沸いたよ」
 くすっと笑いながら言うあずさ。
「よし、じゃあ先に入らせてもらうぞ」
「うん、ごゆっくりどうぞ」
 あずさも夕食の仕度をある程度済ませると、博樹の入っているお風呂へと一緒に入る。
「お、いらっしゃい」
「えへへ…」
「…あずさ」
「なぁに? …うにゅっー……」
 …何をしてんだか…。


「博樹お兄ちゃん、ちょっといいかな?」
「ん? なに?」
 夕食が終わって、博樹がのんびりとしているところであずさがプリントをもって来る。
「…家庭訪問。…そうか、学年始めだもんな…」
「うん。それで、博樹お兄ちゃんに出てほしいんだけど…」
「うーむ。…ちょいと待って」
 博樹が立ちあがり、手帳を持ってくる。
「…全部平日の昼間だもんなぁ…。まぁ、仕方ないといえば仕方ないんだけど…」
 手帳のスケジュールと照らし合わせながら、予定を探る。
「…すると、事務所に泊って、当日の昼に帰ってくるか。じゃあ、3日目のいつでもいいってしとこう」
 プリントの日付の欄にマルをして、「時間はいつでも構いません」と注釈をつけておく。
「じゃあ、これでお願い」
「はーい」
 プリントをあずさに渡して、ふたたびゆったりとした時間を過ごした。
 それで、家庭訪問の当日。このころになると、普通に授業が始まっている。午前中だけ授業をしたあと、午後に先生が家庭訪問をして回る。
「大牟田、オレ今から帰るから」
「おう、お疲れさん」
「あ、…また佳境だな…」
 大牟田のパソコンの画面には、大牟田が一番萌え萌えと言っていたシナリオのえっちシーン。はっきりいって、このシナリオだけは大牟田が原案を書いたようなものだ。
「…おまえも、ロリな趣味してるよなぁ…」
「博樹に言われたくねーよ」
「…それもそうだな」
「博樹、今日あずさちゃんの家庭訪問だろ。早く帰らんと」
「おう、そんじゃ、また明日」
「おう、お疲れ」
 以前は昼に退けると言うことをよくやっていたのだが、あずさと一緒に住むようになってからは、一緒にいる時間を多くとろうと、一般的な生活リズムにするようにしている。
 ラッシュ時とは比べ物にならないくらい空いた電車に1時間ほど揺られ、自宅へと帰る。
「ただいまー」
「あ、おかえり、博樹お兄ちゃん」
 部屋の掃除をしているあずさ。いつもけっこうきれいにしているのだが、今日は特別きれいになっている。
「…ずいぶんきれいに片付けたな」
「うん、一応ね」
 掃除を終えて、しばらくしてから玄関のチャイムが鳴る。
「いらっしゃい、籠原先生」
「こんにちは、…あ、どうもはじめまして。担任の籠原です」
「こちらこそはじめまして。上川です。どうぞあがってください」
 リビングのテーブルを囲んで、お話の始まり。
「そうですね、…三嶋さんは成績もけっこういいですし、クラスのみんなとも仲がいいですから、私のほうも特に心配はしてませんね」
 微妙に居心地の悪そうなあずさと、興味津々で話を聞く博樹。
「クラスのみんなからは、あずさちゃんて呼ばれてて、けっこうみんなとよく遊んでますからね」
「うちにもけっこう遊びに来てるよなぁ、あずさ」
 話の中には出てきていないが、あずさはけっこうクラスメートと家で遊んでいたリする。博樹が、ゲーム機をたくさん所有しているのもあるのだが。
「そういえば籠原先生、ずいぶんお若いですけど、おいくつですか?」
「あ、今年で24になります」
「博樹お兄ちゃんのひとつ年下だよ」
「……」
「……」
 黙りこくるふたり。
「…あんまり、若い時に若い方と家庭訪問で話をするってのは、あんまりないでしょうね…」
「でしょう…」
 むー、と腕組みをするふたり。その横で、不思議そうな表情のあずさ。
「…お茶なくなりそうだから、作ってこようか?」
「…あぁ、お願い」
 あずさがいったん席を外して台所へと向かう。
「…ところで家庭訪問からは離れますけど、同居って大変じゃないですか?」
「そうでもないですよ。けっこう楽しく暮らしてますけどね」
「…すると、けっこうそういうこともしてたりするわけですか?」
「……いや、そういうことって言われても…」
 なんとも言えないような表情をする博樹。
「うちのクラスは、けっこうませたような子が多いので…。三嶋さんは、なんとも言えないんですけどね…」
 そう言った籠原先生の目を博樹が覗き見る。
「……同業者ですか?」
「…なにがです」
「…」
 あずさの方をちらっと見る。
「…まぁ、上川さんの前だから言いますが、否定は出来ません」
「…お疲れ様です」
「いえいえ、わたしも、ひとり…、あ、いえ、なんでもありません」
「どうしたの?」
 あずさが、お茶を持って戻ってくる。
「いんや、なんでもない」
 博樹が苦笑しながら答える。
「…オレと暮らしてて、大変ってわけでもないよなぁ」
「うん。楽しいよね、博樹お兄ちゃんと暮らしてると」
「仲、いいんですねぇ…」
 籠原先生がうらやましそうに言う。
「そういえば、上川さんはゲームクリエイター、でしたよね」
「そうです。今も、7月の発売に向けて開発中なんです」
「あ、それはそれは。お忙しい所お時間を取らせてしまってすいません」
「あぁ、いえいえ。家にはしょっちゅう帰ってるんで」
 しばらく他愛のない話をして、一応家庭訪問は終わりとなる。
「それでは、失礼します」
「お疲れ様です。…こんど一緒に呑みでもしましょう」
「えぇ、そうしましょう。それでは」
 他愛のない家庭訪問は、とりあえず終わった。
「さっき、先生となに話してたの?」
 リビングに戻って、ゆっくりとしている博樹に、あずさが聞く。
「んー、…ふたりの暮らしの話」
「ふーん…」
「なぁ、あずさのクラスって、そんなにませた子が多いのか?」
 う〜んと、あずさが考える。
「多い方なのかなぁ? 確かに、そういう子はけっこういるよ」
 さらに考えて、口を開く。
「あやちゃんもそうだし、…美穂ちゃんもおとなしそうだけど、なんだか先生とそういう噂があるし」
「ぶほっ!」
 お茶を飲んでいた博樹が、思わず咳き込む。
「…どうかした?」
「いや、…いや。ちょっとびっくりしただけだ」
「私も、密かにそういうことは言える立場じゃないんだけどね〜」
 そう言って、あずさが博樹に寄り付く。
「…そうだな」
 博樹は、あずさの頭をやさしく撫でた。
 あずさと博樹が出会って1年。ふたりの関係が、さらに発展していくことになる。