・「くりえいた〜」
・博樹とあずさの日常から〜5−6「修了式、そして春休み」


「ただいま〜っ!」
 3月も下旬に近い頃。暖かくなってきた気候を感じるお昼ちょっと前。いつものランドセルではなく、手提げのカバンひとつと軽装のあずさが、元気よく学校から帰ってきた。今日で3学期も終わり。あずさも、明日から春休み。
「博樹お兄ちゃ〜ん! 帰ったよ〜」
 博樹の部屋、といってももうすでにふたりの部屋だが、の扉を開ける。
「ん〜ぬぅぉ〜…。…お帰り…」
 カーテンを閉めたまま、ベッドの上で寝っぱなしの博樹。
「…博樹お兄ちゃ〜ん…。もうお昼前だよ〜。起きようよ〜」
「わかったよ〜…。すぐ起きる…、…ぐぅ」
「博樹お兄ちゃ〜ん…」
 ちょっとあきれた顔のあずさ。
「鍵のゲームに出てくる居眠り姫じゃないんだから……」
「…鍵のゲーム、ねぇ……」
 博樹がベッドの上に横たわったまま、ちょっと謎な表情をする。
「あんまり博樹お兄ちゃんが起きないようなら、…キスしちゃうよ」
 といって、あずさの不意打ちキス。
「…と、と〜とつだな」
 ちょっとびっくりした博樹。唇が触れたのはほんの寸秒だったが、インパクトはあずさとした(あずさとしかした事がないが)キスの中でも五指に入るだろうと思った。
「ほら、起きよ。…それとも、…今度はえっちする?」
「…それでもいいけど、…昨日けっこうしたから、それはちょっとキツイかもしれん…」
「…する?」
「いや、…夜までお預けにしよう…」
 恥ずかしそうな表情ながらも、ちょっと小悪魔な表情のあずさ。
「…恥ずかしいんだからね、こんなこというの」
「…だったら言わなきゃいいだろうが」
「だって…」
 今日はなにか、見てもらいたいものがあるんだろうと、あずさの表情から読み取れた。
「ほれ、リビング行くぞ」
 博樹は起き上がってメガネをかけると、あずさといっしょにリビングへ向かった。


 リビングに座って、テレビをつけて、紅茶のカップを前にふたりが座る。
「今日の起こし方を見ると、なんかあるのか?」
「うん、あるよ」
 あずさがカバンの中をごそごそと漁る。
「成績表、一応見ておいてくれる?」
「はーいよ」
 成績表。学期末の忌まわしいもの、という印象はどうしてもぬぐい切れない。博樹はあずさから受け取ると、ぺらっと開く。12月にもあったのだが、あずさの親からはあずさの成績に関しては何も聞いていない。なぜならば。
「…うーむ、オール3…」
 3段階評価でオール3。よって、非常になんともかんとも。
「…でも、あずさって頭いいもんなぁ…」
「…そうかなぁ。…わたしは、そうでもないと思うよ…」
 あずさはそういうが、けっこう頭がいい。これで家事全般をこなし、そのうえかわいくって、えっちな事も好きで、博樹の仕事も理解してくれてるんだから、博樹にとってはなんという理想的なお嫁さんなんだろうか。
「国語とかは、博樹お兄ちゃんに教えてもらってるけど…」
「それは、オレがシナリオライターだからなぁ…」
 博樹も、昔から国語は成績がよかった。苦手だったのは、算数。
「オレは、あんまり頭がよくなかったからなぁ…」
「ゲームのし過ぎで?」
「…違うなぁ…。オレがゲームにはまったのって、高校入ってからだしなぁ…」
「そうだったの?」
「うん。だって、オレは小中学生の時はあんまりゲームやらなかったし」
 たぶん、パソコンばっかりやってたからだろうと、博樹は思う。
「ま、そういうわけで。よくできました」
 博樹が、あずさに成績表を返して、あたまをなでなでする。
「へへ、ありがと、博樹お兄ちゃん」
 あずさも、博樹に褒められてうれしそうな顔でそれを受け取った。
「あずさ」
「ふにゅ?」
 抱きしめっ!
「あぅ、博樹お兄ちゃん」
 あずさをきゅっと抱きしめる。
「どうしたの…?」
「あいかわらずかわいいから、そんだけ」
「…うにゅ、あきないんだね…」
「あきるわけないだろ〜が」
 抱きしめたまま、あずさをなでなでする。あずさも、博樹にぎゅっと抱きしめられて頭をなでなでされるのは大好きなのだが、ちょっと恥ずかしい。
「これで、あずさも4月から6年生か」
「うん、そうだよー。博樹お兄ちゃんと結婚できるまで、あと4年だよ」
「…なにぃっ!?」
 4年なんて、あっという間である。あずさが高校生になって、16の誕生日を迎えたら結婚できる。ちなみに、あずさは5月11日生まれ。博樹はそのとき、29である。
「…犯罪、…とまではいかねえよな…」
 博樹が、ぼそっとつぶやいた。
「なにか言った?」
「いやいや、なんでもない」
 あずさのからだを横に置く。
「じゃああずさ。今日は、買い物行って、そのまま外で晩ご飯食べようか?」
「うん、それでもいいよ」
「あずさへの、ごほうびしなくちゃな」
「…えへへ、ありがとう」
 さっきから、あずさはずっと微笑みっぱなしだった。
 改めて、紅茶を注ぎなおす。
「ねぇ、博樹お兄ちゃん」
「ん?」
「もしかして、…今日なかなか起きれなかったのって、私のせいかな?」
「へ、なんで?」
「その、昨日の夜の…」
 あずさが、ちょっと上目遣いになる。
「ん〜、…いや、…違うと思う」
「でも、博樹お兄ちゃん、昨日疲れて帰ってきて、そのまま…」
「いや、あれは、オレからだから…。お風呂に入って、その次もってのは」
「でも、…私もけっこう」
「やめ、やめ〜っ! 昨日の話をしてるとこっちが恥ずかしくなる」
 なにかを振り払うような手振りで、博樹が言う。
「…えへへ。そうだね…、昨日は、…けっこういろんなことしたもんね…」
 何をやったんだろうか、このふたりは。
「まぁ、オレも昨日は帰る前から疲れてたし…」
「そう言えば、なにがあったの?」
「…すさまじいプログラムのバグがあって、みんなで一生懸命直してた」
「そんなことあるんだ」
「あるよ。プログラマも、たまにはすさまじいミスをする事だってある」
 紅茶を飲み干す博樹。
「でも、まだ3ヶ月…。いや、マスターアップは6月になったからあと2ヶ月ちょいか…。そんだけあるからな、なんとか予定通りいきそうだし」
 テレビには、昼の他愛のない番組が映し出されている。
「…腹減ったなぁ…」
「そうだね。ご飯、作るよ」
「手伝おうか?」
「いいよ。博樹お兄ちゃんはゆっくりしてて」
 あずさがエプロンをつけて台所に立つ。
「そのエプロン、ちょっと小さくなったなぁ」
 あずさの子供サイズのエプロンを見て博樹が言う。
「…うん。ちょっと、最近困ってるかなって」
「…新しいの買おうか。お昼ご飯終わったらお出かけしような」
「うん!」
 小さいエプロンをつけて、あずさが満面の笑みで料理をはじめた。


「あったかくなったなぁ」
「うん。もう、春なんだよ」
 ふたりで手をつないで、街まで買い物に行く。春の陽気とさわやかな風が心地よい。
「お花見、したいなぁ」
「うん。でも、博樹お兄ちゃんも今日と明日がつかの間の休日でしょ?」
「…つかの間、のなぁ…」
 ちょっと前から一部のテストプレイも始まり、脚本、演出、画像もほぼ出揃っている。なんとか、発売日には間に合う感じだ。
「ほかの連中は、今日も出てるのもいるしなぁ…」
 一部の演出の見なおしをやっている石井、プログラミングを改めて見なおしている山崎。このふたりは、ほとんど出ずっぱりで、クリエイターらしく事務所で寝ている。
「…環境いいよなぁ、…オレは…」
 あずさという女の子がいて、社長もなぜかそれを知っている博樹は、けっこう家に帰っている。それも、週末が中心だが。平日はあずさを家に一人でいさせているので、ちょっと心配。
「大丈夫だよ、博樹お兄ちゃん。わたしは、ひとりでも大丈夫だから」
「…あずさの欲求不満がたまらないか、それが心配だ」
「う〜…」
 何を言い出すかと思えば、という表情をするあずさ。
「大丈夫だよ…。ひとりでできるもん」
「…何を言ってんだか…」
 博樹が、思わず苦笑する。
「ひとりでやっても、物足りないだろ」
「…そうだけど…。背に腹は代えられないよ…」
「…ははははは、…くくくっ」
 博樹、思わず大笑いしそうになるのを堪える。あずさも、ここまで成長してしまったのだ。博樹のせいで。
「今夜も、いっぱいしてあげるからな」
「…うん」
 耳元でささやかれるように言われて、あずさも顔が赤くなる。
 ふたりで、商店街にある洋裁店へ入る。
「好きなエプロン買っていいぞ」
「うん」
 ずらっと並べてあるエプロンを見ながら、あずさが言う。
「この、…つかもと印刷、とか書いてあるエプロンはなんなんだろうね…」
「…なんなんだろうな…。つうか、ネタがわかってるあずさはなんなんだろうな…」
 博樹、立ちすくむ。
「あ、これなんか典型的なフリフリのエプロンだね」
 白のフリルのついた、なんかよく見るエプロン。
「これで、はだかエプロンとかしたら燃える? 博樹お兄ちゃん」
「…あのなぁ、『はじるす』じゃねえんだからさぁ」
 あずさにこれではだかエプロンされてもなぁ、と博樹は思う。キャラクターがちょっと違うし。
「…はだかエプロンするんだったら、…オレとしてはこっちのパステルのエプロンの方がいいな」
 というどうでもいい事を言いながら、パステルカラーのグリーンのチェック柄が入ったエプロンを指差す。
「じゃあ、それにする」
「おい」
 即答に対して即ツッコミ。
「これ着て、博樹お兄ちゃんのためにはだかエプロンしてあげるよ」
「ちょっと待てぃ」
 脱力して崩れ落ちそうな体を、必死に保つ博樹。
「あ〜、…マジで言ったんじゃない。マジで」
「…でも、…わたしこのエプロンけっこう好きだけど」
「じゃあ、それにすっか?」
「うん。はだかエプロンもね」
「いや。それは別問題だから」
 しょうもない話を繰り広げて、エプロンを買う。周りに誰もいなかったのは幸いだ。


「ただいまー」
「まー」
 ふたりで夕食を終えて、家へと戻ってくる。
「あずさー」
「なぁに?」
「お風呂いつ入る?」
「うーん…、もうちょっとしてからがいいけど、…するの?」
 あずさの思考も、だいぶ博樹化してるらしい。
「したい?」
「…博樹お兄ちゃんにお任せするよ」
「…今回は、…一緒には入るけど、…ベッドの上にしよっか」
「…うん」
 にこっと、あずさが笑う。
「とりあえず、休ませてくれ」
「うん。わたしもちょっと休むよ」
 ふたりがリビングに座って、しばらくボケー。
「…そういえばあずさ」
「なぁに?」
「昼にオレ起こしたときに、『鍵のゲーム』が出てきたけど、…知ってるのか?」
「知ってるよ〜。博樹お兄ちゃんの部屋にあるんだもん」
 にこっ、と笑って言うあずさ。こういうところは、あずさらしい。
「あゆあゆのシナリオは泣いちゃったよ〜。しばらく涙止まらなかったもん」
「そうか…。まぁ、…オレもあれはなかなか泣けたがな…」
「でしょ、でしょ! 泣くよね〜」
 なにをふたりしてエロゲの話題で盛りあがってるんだろうか。
「つうことは、『はじるす』もか」
「うん」
 即答するあずさ。
「エロエロだよね〜」
「11歳の女の子が『エロエロ』とか言うなよ…」
 頭を抱える博樹。
「わたしよりも小さい(推定)のに、初体験済ませて、しかもほとんど毎日だよ〜。すごいよね〜」
「そうだな…。主人公も、相当体力あるんだろうなぁ…」
 博樹、目線が遠い。
「けっこう、あこがれるけどね」
「…勘弁してくれ」
 とても、11歳の女の子とする会話ではない。
「気持ちいいんだろうね、あそこまですると…」
「だろうなぁ…」
 ふたりとも、目線が遠い。
「そんじゃあ、とりあえず風呂掃除してくるかな〜」
「あ、私がやるよ。博樹お兄ちゃん」
「いんや、あずさはゆっくりしとけ」
 ぽむっ、と、あずさの上に手を置いて言う。
「あずさばっかりにさせてたら、オレの仕事がなくなるからな」
「うん…」
 あずさが、ちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「博樹お兄ちゃん」
「なに?」
「…今日の夜、…楽しみにしてるよ…」
「あぁ、楽しみにしとけ」
 ふたりして、くすっと笑った。


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