「ジングルベ〜ルジングルベ〜ル鈴が〜鳴る〜」
歌っているのは、博樹ではなく、あずさ。12月も下旬となった23日。あずさは昨日で2学期が終わり冬休みに入った。博樹の冬休みは27日からだが、相変わらずの変則勤務。昼に事務所へ行って適当に仕事をこなしたあとに家へ戻ってくる。これも、ソフト開発が一段落しているからの話であって、来年夏に発売予定とされているゲームの製作中は、本当に目が回る忙しさとなる。
「博樹お兄ちゃん。これ、ここに置いていいの?」
「うん、いいよ」
あずさは飾りつけの終わったクリスマスツリーを、テーブルの上に置いた。
「へへ。これがあると、やっぱりクリスマスらしいよね」
「そうだな」
このツリーは、あずさが隣の「本来の」自分の家から持ってきた。例年ならもっと前に出しているのだが、あずさが博樹の家に預けられていることもあって、今まで出すことを忘れていた。
「ふふふ〜…」
クリスマスツリーの前に座って、なにやらへらへらとうれしいのかどうなのか、怪しい笑いを浮かべるあずさ。
「にへへ〜」
「…あずさ」
「な〜に?」
そのままの顔で振り向くあずさ。にへらにへら、といった擬音が合うなんとも怪しい笑顔。
「…あやしいぞ、その顔」
「へへ〜。だって、わたしクリスマスって大好きなんだもん〜」
「クリスマスイブは明日だし、本来のクリスマスは明後日だぞ」
「クリスマスツリー出したから、そういう気分になったんだよ〜。へへへ〜。明日が楽しみだな〜。うふふ〜」
あずさは、クリスマスツリーを眺めながらいつまでも笑っていた。
時間は少し戻って12月の半ば。博樹が生活費をおろそうと郵便局でお金をおろし残高を見たところ、なにやら増えていた。ちなみに言うと、あずさの親はあずさを預かってもらっている分、毎月博樹にお金を振り込んでいる。あずさ分となる生活費や学校の諸費、あとプラスアルファでそんなに多くない。ところが今月は、やけに多かった。
「…振込む額、間違えたのかな…?」
その日の夜、博樹の家に一本の電話があった。
「はい、上川で…、あ、どうも」
電話の主は、あずさの父親。海外から、らしい。
「あずさは元気にやってますか?」
「ええ、そりゃもう元気に」
「あ、それでですね。今月の振込み分なんですが、ボーナスということで多くしておきましたんで」
「…はい?」
「いえ、こちらで少し一儲けをしたもので、あずさを預かっていただいているプラスアルファを多くしたという感じで受け取っていただければ」
プラスアルファにしては多すぎると、博樹は思った。なにせ、普段よりも5倍近い額が振込まれていた。いったい、あずさの親はどういう儲け方をしているのだろうか。
「それとですね、クリスマスも近いので、そのお金であずさに何か買ってあげてくれませんか? 私たち、クリスマスは帰れませんが、お正月には少しだけ帰りますんで」
「あ、はぁ、わかりました」
「それではよろしくおねがいします」
そういうわけで、博樹はあずさに何がほしいかを聞いてみた。
「あずさ〜」
「なぁに?」
「クリスマスプレゼント、なにがいい?」
「クリスマスプレゼント?」
あずさがいったんきょとんとした顔をする。一応、あずさはサンタクロースの正体を知っている。
「博樹お兄ちゃんがくれるの?」
「ん、うん、まぁ」
「ほんとに? やった! うれしいなー!」
妙にはしゃぐあずさ。
「じゃあ、…博樹お兄ちゃんのハート」
「……」
「……」
しばらく間が空く。
「…クリスマスには、ありきたりなプレゼントかな?」
「……まぁ、ありきたりって言えばありきたりだな…」
博樹は、つっこみ様がない気分で言った。
「博樹お兄ちゃんからもらったものなら、なんでもうれしいよ」
「うーん、そう言われてもちょっと困るな…。なにか欲しいもの、ないの?」
「博樹お兄ちゃんのハート」
あずさが、今度はいたずらっぽく言う。
「えへへ。…じゃあ、おっきなぬいぐるみが欲しいな。ちっちゃいころから欲しかったから」
「…よし、わかった」
「でも、高いんだよ」
「大丈夫だ。お金はいっぱいあるから」
博樹は、あずさの頭をぽんぽんと撫でて言った。博樹はお金の振込みがあろうとなかろうと、あずさに何か買ってあげるつもりではあった。博樹はこう見えても、けっこう儲けている。ただ、あずさが欲しいぬいぐるみというのも大体見当がついていたが、博樹の財政としては少し苦しい感じがした。だが、今回の増資(?)で十分過ぎるくらい買える。
ただ、博樹はあずさが言った「博樹お兄ちゃんのハート」という言葉がどうしても気になっていた。博樹は、あずさの気持ちをまだ知らない。だから、それが本心だというのもわからず、冗談だと思っていた。だが、博樹はそれが本心であればいいな、と感じていた。
時間は24日になる。クリスマス・イブ当日。お昼ごろから、博樹とあずさは街へとおでかけをしていた。もちろん、あずさの欲しがっていたおっきなぬいぐるみを買うためである。アーケード街にあるファンシーショップ。ここにはぬいぐるみだけでなく、いろいろと女の子が好きそうなものが売ってある。博樹の予想通り、おっきなぬいぐるみもいくつかあった。
「博樹お兄ちゃん、どれがいいとおもう?」
「ん、あずさの欲しいもの選んでいいよ。お金は気にしなくてもいいから」
「え、ほんとに?」
「うん」
そういうと、あずさはくまのおっきなぬいぐるみを指差した。
「…じゃあ、これでいい?」
「うん、いいぞ」
店員を呼んでプレゼント用に包んでもらう。店員の両手で抱えられるような大きさのぬいぐるみは、あずさのからだにはかなり大きすぎた。それでも、あずさはふらふらとしながらも家までうれしそうに自分で持って帰った。値段は、予想の範疇だったので特に気にしなかった。
「ふにゃ、疲れた」
家に着いて、あずさがふうっと息をつく。しかし、次の瞬間にはガサガサとおっきなぬいぐるみの包みを剥がしていた。
「うにゅ、おっきー」
「しかし、よくよくみればけっこう大きいな」
巨大なぬいぐるみに抱きついているあずさを見て、博樹は言った。5年生としては標準的な背丈のあずさにも、このぬいぐるみはからだに余るほどの大きさだった。
「うみゅ、おなかいっぱい…」
「うん、よく食べたな…」
ふたりでのクリスマスディナーが終わって、テーブルの上にあったご馳走やケーキはきれいに片付けられていた。ご馳走は博樹が片付け、ケーキはもちろん半分以上をあずさが消化した。
「こんなに食べたら太るぞ」
「いいもん。育ち盛りだから」
あずさがちょっとすねたように言う。それでも、顔は笑っていた。
後片付けをしたあと、しばらく休む。テレビはクリスマスの特番。日本各地のクリスマスイルミネーションを中継していた。全国各地のカップルは街に繰り出すだろうし、こどもたちも楽しく夜を過ごしていることだろう。
「…あずさ、ちょっと出かけようか」
「え? どこに?」
「すぐそこの通りでイルミネーションやってただろ。見に行こうか?」
「うん、そうだね」
少し厚着をしてふたりで外に出る。通りまで10分足らずだが、途中の家にはクリスマスらしく飾り付けをしているところもあった。
通りへ出ると、明るい電飾が目に入ってきた。
「わ、…きれいだね」
「そうだな。こじんまりとしてるけど、こういうのもけっこういいかもな」
テレビで中継しているものほど大規模ではないが、通りの木々にイルミネーションがされ、中央の広場には少し大規模に飾りつけがされていた。
「カップルもけっこういるね」
「そうだな…。オレたちも、そういったらカップルなんじゃないか?」
「え…」
あずさは、顔が少し赤くなった。
「…どうした?」
「…わたしも、…博樹お兄ちゃんと見れてよかったよ」
あずさが白い息を吐きながら、博樹と向かい合って言う。
「…この際、オレたちもカップルでいいか?」
博樹も、あずさとしっかり向かい合って言う。
「この際じゃなくて、…わたし、博樹お兄ちゃんとずっとカップルだったらいいな」
「…そっか。…それもそうだよな。オレも、そのほうがいいよ」
あずさの目線が、しっかりと博樹を捕らえる。
「博樹お兄ちゃん、それって…」
「オレは、…あずさが好きだからな」
博樹はさらっという。いや、言ったように見えたが、極度に緊張していた。
「わたしも。…博樹お兄ちゃんが、好きだよ」
同じく極度に緊張しているあずさは、意を決した様に言った。
博樹があずさの肩を抱き寄せる。
「博樹お兄ちゃん…」
そっとふたりの唇がふれあい、少し経ってから離れた。ドラマによくある、幻想的なフレンチキスのシーン。
「…えへへ。…ファーストキスだよ、いまの」
「…あずさ。実は、オレもな…」
「え、…そうだったの?」
「はは、…変か?」
「ううん。…わたしは、うれしいよ」
「そっか。…そう思ってくれればオレもうれしい」
博樹はそう言って、再びあずさと口付けをした。
「よく考えたら、変なカップルだけどな」
博樹は、ちょっと周りを気にするような感じで言う。
「うん。でも、誰も自分たちだけで大変だから見られてないよ」
「オレたちもそうだけどな」
「へへ、そうだね」
ふたりは抱き寄せ合ったまま、じっとイルミネーションを見つめる。あずさが、博樹に体を預けて白い息をはぁっと出す。
「ん、あずさ。寒くないか?」
「ううん、大丈夫。博樹お兄ちゃんがいるから暖かいよ」
「そっか。あずさも暖かいな…」
博樹は、少しちからを強くしてきゅっと抱きしめた。
「それにしても、ありがちな展開だったな」
「そうだね…。作者さんもそう思ってるみたいだし」
「そうみたいだな」
「博樹お兄ちゃん」
「なに?」
「博樹お兄ちゃんがロリコンで、よかったよ」
「…なんだか複雑な気分だけどな。そう言われると」
「へへ」
博樹は、あずさのあたまをくりくりっと撫でた。