3月も下旬になろうとするかの頃。このあたりでは桜の花はまだ咲かず、小さなつぼみをつけている。4月の入学式のシーズンには、この桜も満開になり、新入生を迎えるのだろう。
「おめでとー!」
学校の玄関から、先生との最後の挨拶を終えた卒業生が次々と出てくる。卒業式を見に来た親や在校生、そして先生達と混じって、玄関の前は賑やかになる。涙ぐみながら先生と話をする女の子や楽しそうにみんなで写真を撮る生徒たちを見て、博樹も昔を懐かしく思う。
「オレも、卒業の時はこんな感じだったかなぁ…」
「博樹さん!」
後ろから声をかけられて博樹が振り返ると、いつもの私服じゃなくて、この日のために買ったブレザーを着て、ぴしっとおめかしをしているあずさ。いつもとは違った姿に、またあずさの魅力を発見する。
「卒業おめでとう、あずさ」
「えへへ、ありがと。博樹さん」
「あずさちゃーん、一緒に写真撮ろう!」
あやが美穂と籠原先生を連れてやってくる。
「よし、写真撮ってあげよう」
あやと美穂からカメラを受け取って、ひとつずつ写していく。そして、自分の持ってきたカメラでも一枚。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます…」
元気でうれしそうなあやは、友達や先生を捕まえては一緒に写真を撮る。美穂は、もう泣きそうな表情。籠原先生のそばから、ぜんぜん離れようとしない。
「上川さん、撮りましょうか?」
籠原先生が、博樹にそう言ってくる。
「え、いいんですか?」
「一緒に写ろうよ、ね。博樹さん。せっかくスーツ着て来てるんだから」
あずさにせがまれて、あずさと一緒に並ぶ。今日のために、はっきり言って一張羅のスーツを出して、久しぶりに着たのだ。カメラを構えた籠原先生の横に、あずさのお父さんとお母さんがさりげなくカメラを構えているのに気がつく。
「はい、いきますよ〜」
パシャッとカメラが鳴り、籠原先生が横にいるお父さんとお母さんに気付く。
「一緒に入ったらどうですか?」
「そうだな。よし、一緒に写ろうか」
「え、あ、じゃあ私は…」
「上川さんも一緒でいいんですよ!」
お父さんにぐいっと捕まえられて、一緒に写る。
「上川さんも、私たちの家族なんですから」
お父さんにそう言われて、博樹はすごくうれしくなる。4人揃って、ひとつの写真に初めて収まる。たぶん、一生忘れない一枚になる事だろう。
「上川さん。また今度飲みにでも行きましょう」
籠原先生が博樹にカメラを返す。なんだかんだ言いながら、けっこう博樹もお世話になった人だ。
「そうですね。これからもよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
「籠原せんせ〜い! 写真入ろ〜!」
向こうの方で、男の子たちが集まって籠原先生を呼んでいる。
「おー、今行く〜! では、また今度連絡しますね」
「はい、ではまた」
その間も、あずさは他の友達や在校生たちと一緒に写真に写っている。それを見守りながら、博樹は端っこの方でお父さん達と話をする。
「いいですね、こういうのって」
お父さんが温かい表情でみんなを見守る。
「これから、みんな大人になって行くんですよね」
暖かい空気につつまれて、博樹もなにかすがすがしい気分になる。
「上川さん。これからも、よろしくお願いします」
お父さんとお母さんが博樹に頭を下げる。
「いや、そんな。…こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
博樹も頭を下げる。そして頭を上げて、3人で笑う。
「わぁ、貴弘くん」
向こうの方で、あやが驚きの声を上げる。たぶん、近くの高校の学ランを着た男が、あやの大切な人、貴弘なのだろうと博樹は思った。あやの卒業を、わざわざ見に来たのかもしれない。まぁ、自分だって同じようなもんか、と博樹は考える。
「先生、…寂しいです…」
あっちでは、美穂がついに泣き出してしまった。籠原先生にしがみついて、寂しそうに泣く美穂。それを、やさしく慰める籠原先生。きっと、あのふたりも幸せになれるんだろうな、と思った。
「中学、別になっちゃったけど、また一緒に遊ぼうね!」
友達とお別れの挨拶をしているあずさ。博樹のいちばん大切な人。これからも一緒に、ずっと一緒にいられる。幸せになろうねと、あの日の晩にふたりで誓ったのだ。
「もうすぐ春か…」
博樹が空を見上げてつぶやく。卒業を祝うかのような、真っ青の空。暖かい空気。本格的な春まで、もうすぐ。まだつぼみの桜も、もうしばらくすればきれいな花を咲かせる。今日卒業したみんなもまだつぼみでも、きっといつかきれいな花を咲かせる事だろう。きれいな花を咲かせるために、博樹はまだこれからがんばらなくてはならない。あずさのために。そして、まだ見ぬ未来のために。
「博樹さん! 写真撮って!」
「おう!」
あずさに呼ばれて、博樹があずさのもとへ行く。まだふたりは始まったばかり。ふたりで、これからも暮らしていく。幸せな未来へ向かって。
くりえいた〜 完